37 ベーシックサービスを実現しよう

住宅「弱者」を作らない処方箋

現在、日本の都市部における住宅取得環境は絶望的な状況にある。資材費や人件費の高騰により、東京23区の新築マンション平均価格は1億3000万円を超え、中古住宅や賃料も過去にない勢いで上昇している。一方で、世帯収入は1990年代後半をピークに30年近く伸び悩んでおり、中間層の疲弊は限界に達している。この「高すぎて買えない・借りられない」問題への本質的な解として、慶應義塾大学の井手英策教授は「ベーシックサービス」の実現を提唱する。

日本の住宅政策の大きな欠陥は、住宅を「自己責任」で確保すべき資産と捉え、中間層への公的な居住保障を軽視してきた点にある。ヨーロッパ諸国のような普遍的な家賃補助や充実した社会住宅が日本には存在しない。その結果、子育て世帯の55%が住居費に強い負担感を感じ、食費や教育費を削る事態に陥っている。また、将来の医療・教育・介護への不安から、人々は必死に貯蓄をせざるを得ない。この個別の「過剰貯蓄」が、本来住宅購入や消費に回るはずの資金を凍結させ、経済の活力を奪っている。

井手教授が提唱するベーシックサービスとは、医療、教育、介護、障害者福祉など、誰もが必要とする基礎的なサービスを「現金給付」ではなく「現物サービス」として無償化する構想だ。これが住宅問題に効く理由は「生活コストの劇的な引き下げ」にある。例えば、大学教育を無償化すれば、子供1人あたり約500万円の学費が浮く。4人兄弟であれば2000万円が手元に残り、これがそのまま住宅購入の元手となる。ベーシックサービスをすべて実現するには消費税率を約6%引き上げる必要があるが、これはOECD平均並みの負担だ。国が税として集め、サービスを無償化することで、個人が一生懸命貯金するよりもはるかに効率的に将来の不安を解消できる。

アフォーダブル住宅(手頃な価格の住宅)の実現は、単に建物の価格を下げることだけを指すのではない。住宅にはステータス(象徴資本)だけでなく、教養を伝える「文化資本」や、絆を育む「関係資本」という側面がある。ベーシックサービスによって生活の土台が支えられれば、親が仕事に追われすぎることなく、定時に帰宅して子供と対話する時間が生まれる。これこそが、住まい方も含めた真の「居住の保障」につながる。

井手教授は「私たちは『政府を信頼できないから増税に反対する』のではなく、財政を使いこなし、政府を監視しながら、自分たちの生活を自分たちで守る『財政民主主義』を取り戻すべきだ。消費税のわずかな引き上げと引き換えに、教育や医療、そして住宅の不安が消える社会、ベーシックサービスの実現こそが、都市部の住宅高騰に翻弄される中間層を救い、誰もが人間らしく暮らせる未来への道となる」と話す。縮小する社会の中で、人々の住まいはどうあるべきなのか。ベーシックサービスは、増税を伴う劇薬ともいえるが、傾聴に値する抜本的な改善策の一つであると思う。