「見えないデザイン」で
住まいを再考し
人と人のつながりを再構築する
かつて敬遠されがちだった地域コミュニティに対し、若い世代が新たな価値を見出し始めた今、住宅産業界にはどのような取り組みが求められるのか。コミュニティデザインの第一人者である山崎亮氏は、コミュニティの活性化に向けて、「見えるデザイン」だけでなく、「見えないデザイン」の重要性を指摘する。

「地縁型」と「興味型」という2つのコミュニティ
コミュニティは、大きく「地縁型」と「興味型」に分けられます。町内会などに代表される地縁型コミュニティは、長らく「しがらみがあって面倒くさい」と敬遠され、加入率が低下してきました。
また、高度経済成長期以降、地方の地縁型コミュニティを嫌い、都会での生活を求める人々が増えました。
一方で、趣味など同じ関心で集まる興味型コミュニティは、SNSの普及もあって広がりを見せています。ある意味では、地縁型コミュニティを避けて田舎を捨てた人たちも、この趣味型コミュニティを求めて都市に出てきたとも言えます。
しかし近年、地縁型コミュニティの力が弱まった地域で、若い世代が自由に面白い活動を展開する事例が見られるようになってきました。
地域の縁という対面で会える強みを活かしつつ、気の合う人たちが楽しいことをする。これは、地縁型と興味型の境界線が融合した「地縁的興味型コミュニティ」とも呼べるハイブリッドなつながりです。
こうした新たなつながりが誕生している背景には、高度経済成長期に都市へ出て、興味型コミュニティで暮らそうとしてきた世代が直面している問題があるのではないでしょうか。親世代が会社を退職し、地域に友人もいない状況を目の当たりにした若い世代は、都市部での暮らしに不安を抱き、田舎の地縁型コミュニティに楽しみを見出しているのかもしれません。
都市部では、何らかのサービスを利用したり、何かを消費しようとすると、当然ながらお金を支払う必要があります。
場合によっては、興味型コミュニティに属するのでさえお金が必要です。
一方で地方には、放っておいても生えてくる雑草を刈ったり、余った農作物を近所でお裾分けしたりと、お金の有無に関わらず、人間関係を持続させるための仕組みが今でも存在しています。
さらに言えば子育てや介護でも、お金を支払いサービスを享受するのではなく、住民同士の相互扶助の仕組みが残っている地域があります。
こうした暮らしに趣味的な面白さを見出し、地縁型コミュニティさえも楽しんでしまう。
若い世代の一部で、そうした感覚が芽生え始めているのです。
繋がりをビジネス化しない住宅メーカーの戦略
かつて地域社会には、醤油や味噌を共同で生産したり、屋根の葺き替えを手伝ったりする相互扶助の仕組みがありました。
これは集落における相互扶助やリスクマネジメントの知恵でもありましたが、都市化が進む過程で、これらは一つひとつ切り売りされ、ビジネスへと転換されてきました。
言い換えると、相互扶助で成り立っていた仕組みを、お金を支払って利用・消費する形へ変換したのです。都市への人口集中と経済成長は、コミュニティの繋がりを切り離し、事業に置き換えていく過程であったとも言えるのではないでしょうか。
住宅業界においてもコミュニティの重要性が再認識され、コミュニティを育む仕組みを盛り込んだ分譲住宅などが提案されています。ただ、安易にコミュニティを事業化しようとすると、かつてのようにコミュニティさえもお金を支払う対象になってしまうのではないかと危惧しています。
住宅メーカーもビジネスである以上、住宅を販売し、利益を追求するのは当然です。
しかし、コミュニティ形成を他社との差別化要素として打ち出し、住民のコミュニティ活動をサブスクのような課金モデルにしてしまうことには疑問を感じます。
むしろ、優れた住宅メーカーであれば、「私たちは高品質な住宅を提供しますが、この先の住民同士の繋がりは決してビジネス化しません」と宣言した方が、これからの時代は共感と信頼を得られるのではないでしょうか。
その代わり、空間デザインの中に、あえて手間のかかる要素を組み込むのです。
例えば、住民で水路の掃除をしなければならない場所や、みんなで収穫・管理しなければならない果樹を植える。
そうした少しの手間と共同作業を通じて、住民間に自然な繋がりが生まれるような仕組みを盛り込むことができれば、それは住宅メーカーの新たな価値になるはずです。
高度な専門技能を要する「見えないデザイン」の実装
住宅地の開発において、近年はパブリック(公共)とプライベート(個人の敷地)の間に、住民が管理・共有するセミパブリックな空間を設ける手法も注目されています。ただし、こうした空間を設計者が一方的に作ってしまうと、入居後にトラブルの元になりかねません。
重要なのは、計画段階から購入希望者を交えたワークショップを行い、その空間の使い方やルールについて目線をすり合わせることです。
参加者が「私ならここに花を植えたい」といったように、自らの興味で関われる状態をつくっていくことが不可欠です。
私は、平面図や断面図といった表現可能なハードや空間の設計を「見えるデザイン」、関係性の構築やルールづくりを「見えないデザイン」と呼んでいます。
「見えるデザイン」が素人には難しいのと同様に、「見えないデザイン」にも極めて高度な専門技能が必要です。安易に手を出して失敗するケースも少なくありません。
コミュニティデザインのための事前調査を
「目に見えないデザイン」を成功させるには、やはりコミュニティデザインの専門家の力を借りるべきでしょう。こう言うと、「なんだ、山崎に仕事を依頼しろということか」と言われそうですが、そうではありません。例えば、地域で活動するNPO法人にもコミュニティデザインができる人材がいるかもしれません。
通常の現地調査では、地形や周辺施設を調べますが、これからは「その地域にどんなコミュニティが存在し、それをデザインする専門家がいるか」といった調査項目を含めるべきです。そして、特定のリーダーに依存せず、新陳代謝しながらコミュニティが自走する仕組み(ルール定着や世代交代など)を、時間をかけて住民とともに構築し、最終的には住民自らがコミュニティを運営していく環境を作り出す必要があるのです。
団地再生において不可欠な住民の『心の問題』への寄り添い
郊外の大規模分譲住宅や団地の再生においても、コミュニティの再構築は大きな課題です。
住民の多くは高齢化していますが、「田舎のしがらみが嫌で若い時に都会に出てきた」という方も少なくありません。しかし、深い対話(デプスインタビュー)を重ねていくと、その言葉の裏には「本当は誰かと繋がりたい」という本音が隠されていることがよくあります。
この住民の心の底の声を聞きだす能力が、コミュニティデザインには不可欠です。
団地再生は建物のハード面のリノベーションなどに目が行きがちですが、本質的にはこうした「心の問題」にどう寄り添うかが問われます。例えば、団地の1階にカフェを誘致する場合でも、人間関係を自然に繋いでくれる人材がそこにいるかどうかが、成否を大きく左右します。箱だけ用意して、なんとなくカフェを誘致するだけではコミュニティは育ちません。
「事」から「物」のあり方を考える
これからの住宅産業界に求められるのは、「事物の連関」という概念をもう一度意識し直すことだと思います。
高度経済成長期は、どうしても「物(ハード)」を大量に供給することに偏重し、生活空間を定型化してきました。
ある意味でいうと、画一的なLDKという間取りに、暮らしという「事」を押し込めてきたと言えるかもしれません。
住宅産業界も居住者のライフスタイルに合わせた住宅を提案しようと努力はしてきたのでしょうが、やはり最終的には「物」の価値に目が行きがちです。
本来、住宅とは、そこで行われる「事(活動)」と、それに必要な「物(ハード)」が連関しながら成り立つものです。
住民が起こす「事」と、それに必要な「物」のサイズを合わせ、さらに敷地の外の地域活動とも連動させる。そのためには、先述したように住民の心の奥深くにある声に耳を傾ける作業が必要になるでしょう。
この「事物の連関」から住宅のあり方を考えていくことで、「見えるデザイン」と「見えないデザイン」のバランスが取れた、これからの時代にふさわしい新しい生活空間が生み出されるはずです。
(聞き手:中山紀文)

