住宅政策・産業が迎える歴史的転換点
住宅をどう循環させるか、「出口戦略」が重要に
これまで20~30年続いた住宅価格、サービス価格、賃金の停滞が終わり、2022年頃からインフレと金利上昇の時代に入った。
まち・ひと・しごと研究所の伊藤明子代表取締役は「これまでの常識が大きく変わりつつある。ビジネスのあり方も必然的に変わる」と話す。

消費者にとっての出口があるか
私は1984年に建設省に入省し、これまで住宅局や消費者庁などで、一貫して「人」の視点から住宅や社会のあり方を見てきました。今、改めて振り返ると、現在の状況は過去40年の中でも極めて大きな「転換点」にあると実感しています。
これまでの住宅政策は、どちらかといえば「モノ(建物)」をどう増やすか、どうつくるかに重きが置かれてきました。しかし、2025年には「人生100年時代」の折り返し地点を迎え、人口構造は50代以上が半数を超える「成熟社会」へと完全に移行しました。高齢者、女性の活用もかなり進みましたが、働き方改革もあり労働力不足は深刻です。外国人の活用やAIなどによる生産性の向上のための仕組みづくりの議論が加速しています。産業を支えるプレイヤーの観点から、人材育成やその負担軽減のための働き方に配慮した設計などの仕組み、そもそもこの業界を選択してもらうための魅力づくりなど課題は満載です。
また、これまで20~30年間、住宅の価格もサービスの価格も賃金も上がらず、“安い日本”と言われてきた状況が大きく変わり始めています。
2022年頃からインフレと金利上昇の時代に入り、従来の常識が変化し、ビジネスモデルの転換が必要になっています。
これまでは住宅ローン減税の効果も含めて、ややもすると「住宅ローンは借りた方が得だ」「頭金を貯めるよりも借金した方がいいんだ」とも思われる流れがありましたが、今は明らかに風向きが変わってきています。
直近では、人手不足や資材高騰により、新築価格は跳ね上がっています。住宅ローンは40年、50年といったものが増え、住宅ローンを活用する世帯の4世帯に1世帯がペアローンを組み、極限まで借入を増やし、〝子はかすがい〟ならぬ〝ローンはかすがい〟とも言える状態になっています。
また、転職が当たり前になり、人材獲得の一環として退職金よりも今手元に残る給与に上乗せをする企業も増え、退職金で住宅ローンを完済するという従来のビジネスモデルは通用しにくくなっています。
こうした中で、現在、私が最も関心を寄せているのは住宅の「出口戦略」です。これまでは「新築を建てて住み続けること」が〝上がり〟であり、そこに出口を意識する必要はありませんでした。しかし、今は「売れるのか」「貸せるのか」「ローンを完済できるのか」という出口の視点が欠かせません。インフレと金利上昇というダブルパンチの中で、住宅購入はこれまで以上に「失敗できない大きな投資」となりました。そのため、住宅の「資産価値」や「リセールバリュー(再販価値)」がかつてないほど注目されています。
住宅でも車のようにということで残価設定ローンなどの取り組みも始まりましたが、住宅の資産価値を維持するためには、適切なメンテナンスが不可欠です。一方で、住宅は車よりも複雑で、型式が統一されていないために評価が難しい。もつ年数も長い。さらに、土地が付随するという、車と大きく違うところがあります。メンテナンスと同様に、立地選択は重要な要素です。立地を選ばざるを得ないということは、逆に言うと、街づくりや住環境という問題が、「売れるか売れないか」ということと分かちがたく関連しているということです。情緒的な議論ではなく、経済的な面からしっかりと考える必要があります。
マンションでは従来から出口戦略が意識されていましたが、戸建住宅では、前述したように、建てて住み続けることが〝上がり〟として考えられてきたため、出口戦略があまり考えられてきませんでした。
しかし、これからの時代は、循環する資産として捉える必要があります。単に家を建てるのではなく、将来的にどう手放し、どう循環させるかという「逆算の設計」が求められているのです。循環させるということは、〝上がり〟がないということです。つまり私が言っている住宅の「出口戦略」とは、個々の消費者にとってちゃんと出口があるのかということです。建物という箱を売ることがゴールではなく、その先にある居住者の生活や資産の循環こそが重要であり、建物自体は出口ではありません。
行政基盤の完成と次なる課題「ストック活用」
行政などの仕組みに目を向けると、性能表示制度や検査機関の整備など、悪いものをつくらせない、また、良質な住宅を評価するつくるための「基盤」はほぼ完成したといえます。しかし、これらは今のところ「新しくつくるもの」を中心とした仕組みです。今後の主戦場は、すでに存在する膨大な「既存ストック」をどう管理し、リセールバリューを維持していくかに移ります。
長期優良住宅の制度を立ち上げた当時の議論では、いいものをつくり、きちんと手入れをして、長く大切に使う。その結果、将来的には売ったり、貸したりすることができる。つまり、これは資産、お金になる住宅なのですということを申し上げていた記憶がありますが、そこまで、真剣に受け止めていたでしょうか。
実際、制度上は維持管理計画が重要な要素とされていますが、それが適切に実行されているかのチェック体制が不十分な点があります。
今後は「つくって終わり」ではなく、維持管理計画が実際に機能しているかをどうチェックし、価値を担保し続けるかが問われます。マンションは既に、管理を評価するという考えのもと、仕組みが用意されています。新築至上主義からストック活用社会へ、制度の運用面でのアップデートが急務です。
「スモール家」と「ラージ住まい」
また、前述したように、住宅の資産価値を高めるには、個別敷地の価値向上だけでは限界があり、エリア全体の価値向上が経済的必然性を帯びてきます。家の中ですべてを完結させるのではなく、「街全体を家として使う」という考え方も重要です。従来は、住宅の床面積を重視していましたが、自室は最小限でも、近くにコンビニがあり、駅に共有の宅配ボックスがあり、街にサービスが溢れている。家を「個人の空間」として閉じる「スモール家」としてだけ捉えるのではなく、地域という「ラージ住まい」の一部として捉える視点です。
「街づくり」はもはや理想論ではありません。自分の家の価値を守るためには、そのエリア全体の価値を維持しなければならないからです。「あの家が空き家になると自分の家の価値が下がる」「街が荒れると出口がなくなる」という切実な財布の痛みが、結果として地域住民を繋ぎ、適切な維持管理や防災への意識を高める原動力になります。
孤独孤立社会が顕在化
街づくりでの交流が重要に
また、人口減少と高齢化が進む中で、避けて通れないのが「孤独・孤立」の問題です。現在は人口減少はしても世帯数は全国だと増加しているため、新たな需要が発生しています。これも地方ではすでに、また全国でも近々頭打ちになります。また、おひとりさま世帯の増加は、孤独孤立社会の顕在化を意味し、寄り添いや街づくりでの交流がより重要になっています。これまでの「コミュニティづくり」の議論を超え、今はより切実な経済的・生存戦略としての繋がりが求められています。その意味においても、エリア価値を高めていくことは重要になります。「街が荒れれば自分の家も売れなくなる」「フレイルで住み続けられなくなる」という切実な思いが、孤独・孤立を防ぐ地域コミュニティの再構築にも寄与するのです。
消費者保護の最前線
リフォーム詐欺と「押し買い」
住宅が資産としての意味を強める一方で、高齢者を狙った消費者トラブルも深刻化しています。消費者庁的な視点で見ると、リフォーム詐欺や点検商法に加え、最近では、家を安く買い叩く「押し買い」といった被害も目立ちます。
消費者契約法は、事業者と消費者の交渉力、情報力の格差を埋めるために消費者を守る建付けになっていますが、高齢者の判断能力をどう評価し、どこまで一律に規制すべきかは、非常に難しい問題です。個人差が大きいうえに、「80歳以上は誰か同席しないと契約できない」と一律に決めれば、自立して生活したい高齢者の権利を奪うことにもなりかねません。年齢だけで線を引くことができない現代において、悪質事業者に対する法律上の問題もさることながら、事業者としてトラブルのないお客様のためになる信用できる取り引きのあり方をどう考えるか再構築する必要があります。
住宅と福祉の「グレーゾーン」をどうビジネス化するか、
家族の機能を代替する仕組みへの期待
住宅産業は今、単なる箱づくりから「生活支援(サービス)」へと領域を広げています。ここで重要になるのが、本格的な「福祉」の手前にある「グレーゾーン」のケアです。完全に介護が必要になれば、ヘルパーが付き、福祉の予算が動きます。しかし、「なんとなく不安だが、介護まではいかない」というおひとりさま高齢者の見守りなどは、なかなかマネタイズが難しいのが現状です。サービス付き高齢者住宅では、これを事業者に見守り付きということでお願いし、住宅セーフティネット法では、居住支援法人を位置づけて見守りと福祉などへのつなぎの役割を期待しています。
これは、かつては「家族」が無償で担ってきたケアや見守りの機能が、おひとりさま社会の進展によって失われつつあることへの対応でもあります。住宅産業は、この失われた家族の機能を関係者とも連携しながらITや地域コミュニティ、そして新たなサービスとして提供していくことが期待されます。もちろん、すべて自らやることはできません。
島根県の「NPO法人おっちラボ」が行っている訪問看護では、離れている子どもの依頼で、高齢者の方の状況を把握し、子供や必要な時に専門機関へ繋ぐようなサービスを行っています。ボランティアや善意ではなく、持続可能な「ビジネス」として成立させることが、サステナブルな街づくりの鍵となります。
過剰なケアは自立を妨げますが、全くの放置はリスクを生みます。その絶妙なバランスを保ちながら、住まう人が最期まで安心して暮らせる「出口」も、産業全体で設計していくことで、お客様である住まい手の安心を提供していかなければなりません。
サーキュラーエコノミーと「捨てるコスト」
一方で、今後40年を見据えた時、住宅の「循環(サーキュラーエコノミー)」も避けて通れないテーマです。
これまでは「壊して建て替える」方が安上がりでしたが、今後は廃棄コストや環境負荷だけでなく、経済安全保障の観点からも、既存のストックをいかに活用するかがビジネスの主戦場になります。
今回建物のライフサイクルCO2として算出公表する法案が提出されましたが、モノとして、建ててから壊すまでを見る、そして今後はさらに、これを資源として考える方向が大切です。「ゴミは資源である」という認識は、理念ではなく「捨てると高くつく」という経済的な切迫感から定着していくでしょう。
住宅においても、廃棄物処理をするコストを考慮すれば、必然的に作るところから変えていく、まさに「長く、大切に使い続けるための技術やデザイン」が優先されるようになっていくのではないでしょうか。
何を優先し、何を諦めるか
住宅産業は今、これまでの成功体験を一度「手放す」時期に来ています。従来の仕組みを根本的に変える必要性が生じている。全てを追い求めるのではなく、限られた資源と人手の中で、「何を大事にし、何を諦めるか」という優先順位の選別が必要です。
住宅は「住まう」という人間の根源的な営みであり、生活がなくならない限り、この産業は不変です。私はそこに関しては、まったく悲観していません。しかし、その定義は劇的に変わります。新築至上主義からストック活用へ、所有から利用へ、そして個の家から街の一部へ。
私が好きな言葉に、伊藤忠兵衛の三惚れ主義があります。「在所に惚れよ、仕事に惚れよ、女房に惚れよ」。とりわけ、女房は、家族であり、社員であり、仕事上のパートナーとも読めます。
人が好き、住まいが好きという気持ちに立って、社会の大きな流れを見据えて、住まい手にとっての幸せの器として、住宅産業の切実な転換をポジティブに捉え、新しい「出口」を設計していくこと。住宅産業が「住まい産業」へと成熟していくことが求められています。
(聞き手:沖永篤郎)

