「箱」のビジネスから脱却し、今こそサービスプロバイダへの転換を
IoTやAI技術が飛躍的な進化を遂げる今、住宅産業は従来の「建物(箱)」を売って終わるビジネスモデルからの脱却を強く迫られている。
長年にわたりIoTと住環境の融合を提唱してきた東京都市大学の野城智也学長に、これからの住宅産業が目指すべき「サービスプロバイダ」への転換の道筋を聞いた。

現在の日本の住宅産業を俯瞰すると、私はひとつの大きな過渡期、あるいは「ゲームチェンジ」の局面に立たされていると感じています。ハウスメーカーをはじめとする現在の住宅産業の基盤は、20世紀に構築されたビジネスモデルを極限まで洗練させたものです。しかし、そのバリューチェーンやサプライチェーンがあまりにも高度に確立され、大企業として安定してしまったがゆえに、皮肉にも新しい領域へと果敢に出ていくインセンティブが失われているのではないかという懸念を抱いています。
今の時代に起きている巨大なゲームチェンジに対応するには、これまで作り上げてきたビジネスモデルを壊す必要はありませんが、そこに固執せず、黎明期の先輩方が持っていた「挑戦を恐れない創業期のマインド」を取り戻すことが求められていると思います。
「箱」ではなく、「ソフトウェア」で住まいをカスタマイズする
私は25年ほど前から、住宅産業は「サービスプロバイダ」へ転換すべきだと主張し続けてきました。これからの生活空間においては、家具や家電、住宅設備だけでなく、居住者をサポートする介護・保育ロボットまでもが一体的に家の中に入り込んできます。
一人の生活者の視点に立てば、家という「箱(建物)」と、その中で動く多様なデバイスやソフトウェアとの間に境界線はありません。一つの共通プラットフォームの上で動くシームレスなアプリケーションであるべきなのです。
これまでは「マスカスタマイゼーション」の名のもとに、多品種少量生産のモノづくりにおいて血の滲むような個別化の努力がなされてきました。
しかし、現代のテクノロジー、とりわけ機械学習やフィジカルAIの急速な発展をもってすれば、システムが住まい手の特性や好みを自ら学習し、ソフトウェア側で自動的にカスタマイズしてくれる可能性が大きく拡がっています。規模の経済を脅かすほどに「箱」の側での個別化を探求しなくても、ソフトウェア側で居住者のライフスタイルに柔軟に対応できる可能性があるのです。
例えば、「デマンドレスポンス(DR)」について、高価なバッテリー(蓄電池)を売って任務完了とするのではなく、「住まい手の代理人」としてエネルギーマネジメントをする任務を引き受ける。「帰宅する午後6時までにお湯が沸いていればいい」という契約を住まい手と結び、給湯器の運転制御は代理人に委任してもらい、その結果生じるDRによる便益を、電気代のインセンティブとして住まい手に還元するのです。
こうした「賢く住まいを使いこなすためのお手伝い」を通じて、顧客と一生涯にわたる関係を築くことこそが、サービスプロバイダとしての新たなビジネスモデルの核になるのです。
常時微動センサーとBIMデータを活用し新たなビジネスを
サービスプロバイダとしての役割は、新築時だけに留まりません。今後、住宅価格の高騰に伴い中古住宅への注目が集まっていますが、一般の消費者にとって中古住宅の内部劣化や耐震性能はブラックボックスになってしまっています。この状況をテクノロジーで解決するアプローチがあります。
東京都市大学の浜本卓司先生らが示された研究に、地盤や建物の微細な揺れである「常時微動」を加速度センサーで計測し、建物の耐震性や構造特性を評価する手法があります。こうした技術を活用することで、中古住宅の性能をより精確に評価・推定できるようになります。また、地震が発生した際に、建物の被害状況をリアルタイムに把握することも可能になるでしょう。
BIMデータも、引き渡し後の生活支援において強力な武器になります。ロボットにお掃除や介護をさせる際、ロボット自身に空間認識センサーをあれこれ搭載しようとすると、所要費用が高額になってしまいます。しかし、BIMデータをもとに、ロボットが作動中参照できるような空間データが用意され提供できるようになれば、安価な費用でロボットをスムーズに稼働させていく途が拓かれます。
設計や生産の効率化ツールとしか見られていなかったBIMを、引き渡し後の「維持管理・生活関連サービスのための基盤データ」として再定義し、ビジネスで利活用する。この住宅側からのデータ提供アプローチには、極めて高いポテンシャルがあると思われます。
「プリンタードライバー方式」で繋ぐ相互運用性と「責任分解点」の引き下げ
住まいのスマート化により住宅業界をサービスプロバイダへと業態を変化させる環境が整ってきています。
その一方で、スマートハウスの取り組みを進める上で、避けて通れない最大のボトルネックが相互運用性(インターオペラビリティ)の課題です。通信規格などの違いによって、「簡単には繋がらない」という問題が発生してしまうのです。ひとつの指示で複数の機器を協調的に制御しようとすると、データやコマンドを機器ごとに変換しなくてはいけない。
そこで我々が提案したのが「プリンタードライバー方式」という考え方です。
パソコンに特定のプリンターを接続する際、我々は本体のソフトウェアを書き換えるのではなく、間に「ドライバー」を介して動作させます。住宅でもこれと全く同じように、各メーカーの機器が喋る異なる「ことば」を翻訳するドライバーを用意すれば、メーカー間の垣根を越えて、我々がIoT―Hubと呼んでいるプラットフォーム上で、空調、照明、窓、ロボットなどを、特定住宅の特定居住者に対して最適に協調制御させることができるようになります。
ここで重要になるのが、「責任分解点・面」を戦略的に引き下げるという姿勢です。日本の伝統的な大企業は、何から何まで自社でパッケージ化し、すべての不具合に対して完璧な責任を負おうとする真面目さがあります。AppleのiOSが成功したのは、APIを広く公開してサードパーティーの参入を促し、プラットフォームとしての価値を爆発的に高めたからです。
「ここから先はアプリ会社の責任」、「ここから先は製品メーカーの責任」という具合に、責任分解点をはっきりと明確にし、戦略的にオープン化していく。この発想の柔らかさを持つことで、ハウスメーカーは自社の価値を「囲い込み」から「多様なサービスと連携できるプラットフォームの提供」へとシフトさせることができるのです。
中立的な「データバンク」で巨大テックから主導権を守る
機械学習の進化により個々の顧客向けの最適制御などを行なうサービスプロバイダ化を実現するためには、住宅内で蓄積される各種のオペレーションデータを誰が保存し、管理し、利用するのか、というデータの所有権と管理責任が重要な課題となります。
もし日本の住宅関連企業が、この課題を正視せず、プラットフォームの構築を怠れば、AmazonやGoogleといったグローバルな巨大テック企業に、住生活データをすべて独占されてしまう可能性も排除できません。そうなれば、ドアの開閉履歴も、空調の運転履歴など、すべての住生活データが彼らのサーバーに吸い上げられ、日本の住宅産業は単に「箱」を組み立てるだけの産業になってしまうかもしれません。
しかし、住生活データを単一企業のサーバーに集めようとすると、他社や生活者からの心理的抵抗は免れません。なにより、iOSのような、様々な企業が参入できるようなオープンかつ柔軟性のあるプラットフォーム構築を阻害するかもしれません。
そこで、業界が共同で出資し、中立的な「サードパーティー・データバンク」を設立することを提案します。
これは「住まい手の代理人」としてデータを預かる信頼できる機関であり、ガバナンスを徹底した上で、住まい手自身の意思によって必要なアプリやサービスに対してデータへのアクセス権限を許可する形をとります。
こういう中立的な形で、業界全体で住生活にかかわる包括的なデータが利活用できるようになることで、「住まい手の代理人」の分析力や協調制御能力が高まっていきます。このようにしてデータ利活用に係わる主導権を構築して、住まい手に提供する価値が増進していくことこそが、これからの日本の住宅・建築業界が持続的に発展していく最善の道筋だと思います。
スタートアップのフットワークで業界をアップデートする
東京都市大学と「コネクティッドホームアライアンス」では、大学や学生を巻き込んだアイデアコンペを企画しています。かつて私たちが研究室で示してきた技術的なアイデアは、今やさらに洗練された手段で実装できる環境が整っています。凝り固まった大人の常識を揺さぶる、若者の自由で柔軟な発想こそが思考の触媒となるのです。
事実、現在の20代・30代の若手起業家たちのフットワークとAI活用スピードには目を見張るものがあります。
ハウスメーカーには、長年にわたり築き上げてきた「資本力」「信用力(ブランド)」、そして住宅を販売してきた顧客との強固な接点があります。スタートアップがいきなり一軒一軒のインターホンを叩いてデータを連携させてほしいと言っても怪しまれてしまいますが、ハウスメーカーがセキュリティブランドとして背後に立ち、彼らの技術をバックアップ・投資して顧客に提供すれば、ビジネスとして一気に成立します。
自前主義の殻から脱却し、オープンに「繋げる」マインドを持つこと。攻勢防御の姿勢をとりつつ、若き才能をエコシステムに呼び込むこと。そのマインドの変革の先にこそ、2050年の社会に真に必要とされる、次世代の住生活産業の豊かな姿が浮かび上がってくるはずです。
(聞き手:中山紀文)

