住宅を社会資産として循環させ、
2050年の豊かさを創造する
国土交通省から発表された新たな住宅生活基本計画の全国計画。
社会資本整備審議会の住宅宅地分科会の会長として、同計画の策定に携わった東京大学の大月教授は、住宅を社会資産として循環させていくことこそが、2050年の豊かさを創造することにつながると主張する。

「前文」にこめた想い
今回の「住生活基本計画(全国計画)」の策定にあたって、私たちが最も重視したのは、単なる10年間のロードマップを作ることではありません。2050年という、今から四半世紀先の日本社会を直視し、そこから逆算して「今、何をなさねばならないか」を問い直す「バックキャスト」の視点で議論を重ねました。
2050年、日本の総人口は減少し続け、単身世帯が全体の4割を超えると推計されています。高齢単身世帯は激増し、一方で子育て世帯は減り続ける。
これまで「当たり前」だと思ってきた住宅市場の前提が、根底から崩れる時代です。
こうした厳しい未来を見据えると、今回の計画は、単なる行政文書を超えた「決意表明」でもあるべきではないか―。そうした想いを第一章の「住生活の安定確保及び向上の促進に関する施策についての基本的な方針」に盛り込みました。
私は、この第一章を「前文」と呼んでいます。憲法に前文があるように、この計画にも、何か判断に迷ったとき、あるいは社会が困難に直面したときに立ち返るべき「根本」を書き込む必要があるのではないかと考えたのです。
住生活基本計画は5年毎に見直しが行われますが、前文にある根本の精神、すなわち「人生100年時代の住生活を支える基盤を再構築し、国民それぞれのウェルビーイング(幸福度)を満たす」という決意は揺らいではならない。その凝縮された想いを、この前文に込めたつもりです。
「新築の質」の四半世紀を終え、いよいよ「ストックの活用」へ
振り返れば、1995年の阪神・淡路大震災から30年あまり、日本の住宅政策は一貫して「新築住宅の質」を上げることに注力してきました。2000年の住宅品質確保促進法をはじめとして、耐震基準の徹底、高齢者のためのバリアフリー、そして省エネ性能の向上。
その結果、現在では全国の住宅ストックの9割以上が新耐震基準を満たし、新築に限ればバリアフリーも当たり前の基準となりました。
しかし、これはあくまで「新築」の話です。私たちは、この四半世紀の取組によって、良質な住宅を供給する「枠組み」をほぼ完成させました。では、その次は何か―。
それが、今回の計画の核心である「既存住宅(ストック)の本格的な有効活用」です。
今までは新築着工戸数の増減にばかり一喜一憂してきましたが、これからは、これまで蓄積してきたインフラや居住環境を備えた既存住宅を、いかに市場の中で回していくかが問われます。新築が担う役割を否定するわけではありませんが、市場の主役が「新築」から「既存ストック」へと、はっきりと入れ替わる。もう〝前夜祭〟は終わりです。
遅すぎた感は否めませんが、官民挙げてストック活用を促す本気の取り組みを始めなくてはいけません。今回の計画は、その重要な転換を宣言するものでもあります。
空き家の増大は『住み散らかし』の結果でもある
戦後の日本社会において我々は、住宅を住み散らかしてきてしまったのだと思います。少し乱暴な表現ではありますが、住み散らかしてきた結果が、空き家増加の要因のひとつではないでしょうか。
かつて人生が70年ほどだった時代、親が亡くなる時期と子が住宅取得を希望する時期は重なっていました。しかし、人生100年時代となり、親が100歳まで生きるようになると、子が相続する頃には、子はすでに自分たちの住まいを確保し、リタイアを迎える年齢になっています。その結果、親から相続した実家を放置してしまう。これが空き家急増の構造的な背景のひとつです。
また、私は「入所空き家」と呼んでいるのですが、一人暮らしになった親が高齢者施設などに入所することで、空き家化している住宅も課題です。所有者や子どもたちにしてみれば、空き家だとは思っていないからこそ、管理されずに放置されてしまう。
さらに状況を深刻にしたのが、コロナ禍の3年間ではないかと見ています。人の移動が制限され、実家に帰る機会も減ってしまった。人が住まなくなった家、風を通さなくなった家は、驚くべきスピードで腐朽します。たとえRC造であってもです。
本来であれば、自分が住んでいる家が、将来誰かに引き継げる「資産」なのか、それとも「負の遺産」なのかを生前に把握し、適切に再投資(リフォーム)するか、あるいは早めに処分して次の世代に譲るかを判断すべきです。こうした「住宅を動かし、循環させる」というアクションがないまま、住み散らかされた結果が社会課題となっています。
「25年で価値ゼロ」という呪縛を解く
住宅ストックを循環させるための最大の障壁のひとつは、日本の不動産市場に根強く残る建物評価の慣習です。
築25年も経てば建物の価値はゼロとなり、土地代だけで取引される。これでは、所有者が住宅に再投資するモチベーションは下がる一方です。
断熱改修や耐震補強に数百万円を投じても、売却時にその投資が全く評価されないわけですから。誰も、家を長持ちさせよう、質を上げようとは思いません。その結果、住み散らかしていくことになる。
今回の計画では、「住宅ストックの性能や利用価値が市場で適正に評価され、循環するシステムの構築」という目標を掲げました。建物の履歴や性能、維持管理の状況を「見える化」し、それが適切に査定価格やローンの担保評価に反映される仕組みづくりを早急に進めるべきです。
ここで鍵となるのが「インスペクション(建物状況調査)」です。これまでの日本のインスペクションは、主に「買い手が欠陥を見つけるため」のものとして認識されています。しかし、それでは仲介業者は取引が壊れるのを恐れて積極的には勧めません。私が提案しているのは「売り手によるインスペクション」です。
アメリカでも今では買い手によるインスペクションが主流ですが、売り手が「自分の家がいくらで売れるか、どこを直せば価値が上がるか」を知るために、インスペクターを呼ぶケースもあります。
20万円のインスペクション費用を払って、家の弱点を把握し、100万円かけて直す。その結果、例えば売値が200万円上がれば、それは賢い「投資」になり得ます。
若年・子育て世帯へアフォーダブルな選択肢を
新築住宅の価格高騰は、もはや若い世代が手を出せるレベルを超えつつあります。こうした中、既存住宅の活用は、若年・子育て世帯にアフォーダブルで質の高い住まいを提供するための解決策のひとつにもなります。
比較的利便性の高い既成住宅地においても、膨大な数の「入所空き家」や「相続空き家(相続が完了するのをひたすら待っている空き家)」が眠っています。これらを放置することは、社会的な富の損失です。今回の計画では、これらを若年世帯の受け皿として活用するためのインセンティブや、多様な住まい方を推進していく方針も盛り込まれています。
現代の若い世代は、昭和のおじさん世代よりもずっと身軽で、住まいに対する考え方も柔軟です。二拠点居住やアドレスホッパー(移動型の暮らし)など、彼らの新しい感性に、質の高い既存ストックで応えていく。そんな市場のダイナミズムを、私たちは期待しています。
災害リスクを無視した開発からの脱却
もう一つ、今回の計画で避けて通れなかったのが「頻発・激甚化する災害への対応」という目標です。
少し厳しい言い方になりますが、これまでの現実の都市計画の世界では「ここは危ない」と分かっていても家を建て続けてきた実態があります。
しかし、近年の豪雨災害や地震の被害を見るにつけ、もはや言い逃れはできません。人口が減っているにもかかわらず、わざわざ土砂崩れの恐れがある斜面や、浸水の危険が高い場所に家を建てる。そんなことが許される時代ではないのです。
計画には、「災害リスクの高いエリアにおける新規立地の抑制」と「安全な場所への誘導」を明確に書き込みました。もう命を犠牲にしてまで儲ける時代ではないと思います。
ハザードマップを直視し、行政が「ここに建ててはいけない」とはっきり言う。そして、もし危ない場所に住んでいるのであれば、安全な既成市街地のストックへ移転してもらう。
これは、今後の住生活施策を検討していく上で、忘れてはいけない視点だと考えています。
住宅は個人の財産であり、かつ「社会の資産」である
日本人の多くは「家は個人の資産である」と考えてきました。住み散らかしても、空き家にして放置しても、それも個人の自由だと。
住宅は、紛れもなく個人の財産ですが、同時に、長い年月を経て次の世代に受け継がれていく「社会資本」でもあります。家を適切に維持管理し、価値を高めて流通させることは、所有者本人のためであると同時に、日本という国の富を守り、次の世代を支えることにつながるのです。
住宅が、人生の重荷(負債)ではなく、人生を豊かにする「動き、引き継がれていく資産」として、社会の中を軽やかに循環していく―。2050年に、今の若者たちが「あのとき方向転換してくれてよかった」と思えるような、そんな住生活の未来を、私たちはこの計画から始めていかねばならないのです。
(聞き手:中山紀文)

