内山 博文 氏

(一社)リノベーション協議会 会長 

近年、住宅市場における潮目は大きく変化しています。ここ1~2年で加速度的に従来の「スクラップ&ビルド」という概念から、「ストック&リノベーション」へと市場が大きく転換していることを実感しています。この転換を促した最も分かりやすいきっかけは、インフレ以上の勢いで進む建築費・工事費の高騰です。このコスト上昇のあおりをダイレクトに受け、都心部を中心とした新築分譲マンションの価格は異常なほどに高騰しました。現在では、立地条件さえ良ければ中古マンションであっても新築以上の価格で取引される事例も珍しくありません。

こうした動きに引っ張られるようにして、今、中古戸建ての流通数が劇的に伸びています。マンション価格が高止まりする一方で、中古戸建ての価格上昇率や地価の上昇率は、マンションのそれと比べるとまだ乖離があり、消費者にとっては「お買い得感」がある状態です。

このような極端な価格高騰に直面した消費者の間では、住宅に対する価値観の多様化が一層進んでいます。都市部において無理をしてまで新築住宅を購入する合理性は著しく低下していると言わざるを得ません。「そこまでして家を買う必要はない」「わざわざ郊外まで行って家を買いたくない」と考える層が増えており、かつてのように「新築の持ち家を手に入れることが人生のゴール」という時代は終わりを迎えつつあります。

冷静に老後の生活設計までを考えれば、現役時代に都市部に住むのであれば「賃貸で十分ではないか」という選択肢が非常に現実味を帯びてきます。こうした消費者マインドの「賃貸回帰」を裏付けるように、現在、賃料の上昇局面であるにもかかわらず、都市部の賃貸マンションの稼働率は非常に安定しています。

さらに、これからの若い世代は、住宅に対する概念そのものが従来の世代とは大きく異なっています。必ずしも一箇所に定住することにこだわらず、現役時代は利便性の高い都市部の賃貸で効率的に暮らし、将来的には地方や郊外へ移り住むという選択肢を柔軟に持っています。地方に行けば、数百万円で中古物件を購入し、1000万〜2000万円ほどかけてリノベーションを行えば、十分に立派で快適な住まいが手に入ります。

性能向上リノベと戸建て賃貸の拡大

市場が購入から賃貸へとシフトし、さらに生活者の住まいに対するニーズが多様化する中で、今後大きなマーケットとして期待されるのが、リノベーションを施し、性能を向上させた集合住宅および戸建て住宅の「ファミリー向け賃貸」の需要拡大です。

これまでの日本の賃貸市場は、相続税対策や利回りを最優先するあまり、単身者向けのワンルームマンションが供給の中心となっていました。新築賃貸であってもファミリー向けの広い住戸は非常に少ないのが現状です。しかし、実際には40㎡を超えるような広めのファミリー向けリノベーション物件は、募集を開始すると非常に早く入居が決まる傾向にあります。

特に一戸建ての賃貸市場は、これまで日本においてほとんど顕在化していませんでした。しかし今後は、相続に伴う空き家が爆発的に増加していきます。これらを不動産事業者が窓口となって積極的に借り上げ、ファミリー向けにリノベーションを施して低単価・広面積の賃貸住宅として市場に供給していくことができれば、「良質な戸建て賃貸市場」という新しい受け皿を創出することができます。

性能の「見える化」と評価の仕組みづくり

既存の住宅ストック、とりわけ築20〜30年、あるいはそれ以上が経過している中古戸建てや中古マンションを活用していく上で、最大のネックであり、同時に最大の伸び代となるのが「省エネ性能」です。現在の既存住宅ストックは、総じて省エネ性能が極端に低い状態にあります。

省エネ性能が著しく低い中古住宅において、リノベーションによる省エネ改修を行うことは、新築物件に比べてその効果をより劇的に、直接的に感じやすくなるという大きなメリットがあります。住み手の快適性を高めるだけでなく、光熱費の削減という直接的な経済効果も生み出します。分譲・賃貸の枠組みを超えて、住宅ストック全体の省エネ化を強力に推進していくことは、業界全体の必須課題となっています。

良質なリノベーション物件、特に省エネ性能を高めた物件が市場で正当に評価されるためには、その性能の「見える化」と、それを客観的に評価する仕組みづくりが極めて重要です。どれだけ優れたリノベーションを施しても、購入者や入居者にその価値が伝わらなければ市場は広がりません。

リノベーション協議会独自の「R1住宅エコ」基準は、まだ売買の場面での活用に留まっており、賃貸市場への展開には至っていません。今後は、賃貸物件であっても省エネ性能が評価・可視化され、それが家賃や入居率にプラスに反映されるような仕組みを構築していく必要があります。

新・住生活基本計画と政策への期待

新しく発表された「住生活基本計画」においては、明確に「ストック価値の最大化」や「ストック循環型社会の構築」の重要性が前面に打ち出されました。主役が新築からストックへと変わり、既存の住宅地やストックをいかに有効に使い回していくかという点に国が明確な指針を示したことは、私たちリノベーション事業者にとっても非常に心強い動きであり、方向性自体は間違っていないと感じています。しかし、最も重要なのは、この大方針が今後、具体的な政策や税制、補助金などの執行予算へどのように反映されていくかという点です。掛け声や方針としては非常に立派ですが、実態を伴う思い切った施策へと落とし込まなければ、市場を動かすことはできません。

現在の国の税制や優遇措置、補助金制度の多くは、依然として「新築の取得」を前提とした古い仕組みのままになっており、ストック循環という時代のニーズや現在の市場実態とは大きなミスマッチを起こしています。国として本気で空き家を減らし、ストックを活用・循環させたいのであれば、「建てさせるための優遇」から、既存のストックを「活用・循環させるための優遇」へと、制度の軸足を完全に移すべきです。具体的にストックの活用と循環を促進するためには、空き家を再生・活用しようとする所有者や、そこにリスクを負って投資するリノベーション事業者に対して、明確なメリットをもたらす優遇措置を拡充することが不可欠です。

例えば、空き家活用については2025年4月の建築基準法の法改正が足かせになっています。法改正により大規模改修において建築確認申請が必要になりました。今市場に出てくるものの中心は築40~50年の相続空き家ですが、増築時などの届出がされていないケースが多く、その建物の状況を当時の法規に照らし合わせて解読しなければ、用途変更も増改築の申請もできません。そのため面倒なので壊そうということになりがちですが、今は建築コストのアップで壊すのも合理的ではない。宙ぶらりんなままになってしまうことが増えています。

また、空き家となった戸建て物件を借り上げてオフィスや店舗、あるいは新たな用途へとコンバージョンしようとする際も、現行の建築基準法や用途地域の規制が大きな足かせとなっています。第一種低層住居専用地域では50㎡までの事務所しか認められないといった厳しい制限があるため、地域のニーズに合わせた柔軟な空き家再生が進みません。

さらに大きな問題が「税制」です。現在、住宅を事務所や店舗など住宅以外の用途に変更すると、これまで適用されていた小規模住宅用地の特例などの固定資産税の優遇措置が外れ、固定資産税が最大で4〜6倍に跳ね上がってしまいます。これでは、リスクを負って空き家を再生しようとする動機が完全に削がれてしまいます。用途変更を行ったとしても、段階的に税率を上げるなど、緩やかな軽減措置を設けるような税制改革が必要です。

加えて、相続空き家の流通促進については、相続した空き家を売却した際、売却益から最大3000万円を控除できる「空き家特例」が、結果的に建売業者による分割販売を促進し、将来の空き家増加につながっている点も指摘しておきたいです。

オーナー・事業者への優遇措置の拡充

また、リノベーション事業者に対する金融面の支援も不足しています。実績のない中小の事業者が、空き家を買い取って大規模なリノベーションを行おうとしても、銀行から「リフォーム・リノベーション資金」としての融資を十分に受けることは非常に困難です。事業者がリスクを負って良質な既存ストックを増やし、世代間の住宅ミスマッチを解消するような事業に挑むのであれば、そうしたプレイヤーに対して低利での長期融資が実行されるような、金融面でのバックアップ体制も整備されるべきです。

既存住宅の性能向上やリノベーションを促進するための税制インセンティブとして、私は「住宅ローン減税」よりも「固定資産税の優遇措置」や「築年数によらない火災保険料の軽減措置」などの方が、生活者にとっても事業者にとっても、はるかに直接的で効果が分かりやすいと考えています。住宅取得者向けかつ期間限定の住宅ローン減税に対し、固定資産税は所有している限り毎年支払い続ける税金だからです。

「省エネ性能を高めるリノベーションを行った住宅、あるいは適切に維持管理され後世に引き継ぐ価値のあるストックに関しては、固定資産税や火災保険などを永続的、あるいは長期にわたって大幅に軽減する」という仕組みになれば、そのメリットは一目で伝わります。

(聞き手:沖永篤郎)

Profile Hirofumi Uchiyama
u.company代表取締役。マンションデベロッパー卒業後、20年間不動産ベンチャーで事業拡大に専念。特に、ここ20年はストック分野に特化し市場拡大に努める。現在その経験を基に多岐にわたり仕掛人として活動中。2009年リノベーション住宅推進協議会(現 (一社)リノベーション協議会)を発起人の一社として設立。副会長を経て、2013年より会長。協議会のビジョンは26年6月から「壊すから活かすへ~リノベーションを日本の文化へ~」に一新された。

  • 大月 敏雄 氏

    東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 教授
  • 松村 秀一 氏

    神戸芸術工科大学 学長
  • 伊藤 明子 氏

    元国土交通省住宅局長 元消費者庁長官 まち・ひと・しごと研究所 代表取締役
  • 村上 周三 氏

    (一財)住宅・建築SDGs推進センター 顧問  東京大学 名誉教授 
  • 安成 信次 氏

    (一社)JBN・全国工務店協会 会長
  • 川口 哲平 氏

    全国空き家対策コンソーシアム 代表理事 
  • 内山 博文 氏

    (一社)リノベーション協議会 会長 
  • 芳井 敬一 氏

    (一社)プレハブ建築協会 会長 大和ハウス工業 代表取締役会長
  • 清家 剛 氏

    東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 教授
  • 野城 智也 氏

    東京都市大学 学長 東京大学 名誉教授