住宅産業の「ひとまわり」が終わり、
新たな「場の産業」へ
新設住宅着工戸数は1963年の約68万戸から、約60年を経て、2025年度は約68万戸となる見込みだ。
神戸芸術工科大学の松村秀一学長は、「端的に言えばこの60年ほど続いた住宅産業の大きなサイクルは終わった。
これからは、全く別の物語になると捉えるべき」と話す。

私が講演などでよくお出しするグラフに、住宅建設の全体像を示した「住宅生産気象図」があります。新設住宅着工戸数に比例して、長方形の面積を加減して、その中で一体誰が元請けとなり、一番主体になって市場の中で活動しているか内訳を示したものです。高度経済成長期に入って間もない1963年の新設住宅着工戸数は約68万戸でした。当時は大工、工務店が建てる木造住宅がほとんどで、ハウスメーカーはまだ存在感を示すほどではありませんでした。そこからわずか10年後の1973年には約190万戸まで膨れ上がり、この10年で工務店が急増し、ハウスメーカーやマンションデベロッパーなどが現れ、今の住宅産業のプレイヤーの原型がほぼ出揃いました。この急激な成長期間を「日本の住宅産業の形を決めた10年」と位置づけています。
その後、オイルショックが起こり約130万戸まで下がり、バブル期には約160万戸まで拡大したものの、2008年頃から100万戸を安定的に割り始めた。そして2025年度の予測を見ると、着工戸数は再び68万戸程度にまで落ち込む見込みです。つまり、戦後の急成長から成熟を経て、市場規模が1963年の水準にまで戻った。端的に言えば、この60年ほど続いた住宅産業の一つの大きなサイクルは「終わった」と考えています。これからの話は、これまでの延長線上にはない、全く別の物語になると捉えるべきです。
新築市場は続くわけですが、拡大に転じることは考えにくい。個々の企業の成長はあるかもしれませんが、従来型の産業全体が大きくなることはないと考えた方がいいでしょう。全員が今まで通りの仕組みや、今まで通りに描いている市場でやっていこうとしてもどんどん退場しなくてはいけないことになります。
「箱の産業」から「場の産業」への転換
私は以前から、これからは「箱の産業」から「場の産業」へ転換すべきだと提唱してきました。「箱」は充足してきており、空き家の増加も時に社会問題化する程です。そうなると「箱」をつくる、つまり新築を供給することだけが目的の時代は終わり、今ある膨大なストックをいかに豊かな「暮らしの場」にしていくかがテーマになります。
「場の産業」とは具体的に何かと聞かれることも多いですが、それはリフォームかもしれないし、中古住宅流通、あるいは箱を活用した地域の喫茶店経営や福祉事業との連携かもしれません。決まった正解があるわけではなく、既存の建物をどう使いこなし、暮らしを豊かにしていくかという、より広がりを持った活動領域を指しています。
建築BIMがもたらす「資源循環」の可能性
その中で、テクノロジーとしてのBIMが果たす役割も変わってきます。一般的にBIMは新築時の業務効率化のためのものと思われていますが、既存ストックを含めてデータ化することに大きな可能性があります。既存建物をBIM化して、既存の建物を診断したり、利活用を促進させたり、あるいは日本全国の3D都市モデル「PLATEAU」とBIMを組み合わせて、地域全体の防災力をアップするためのビジネスを展開するといったことなども考えられます。
仮に地域全体の建物がBIMでデータ化され、その大部分が共通に活用できるということになれば、例えば、解体時に「どのメーカーの、どの規格のサッシが何個出るか」といったことも事前に把握できます。現在、捨てる場所が減り、運んで処理するためのコストが上がっているため、廃棄物処理コストは上昇し続けており、建物を壊して捨てるだけのやり方は限界を迎えています。しかし、解体現場から出る部材が「有価な材料」としてリユースできれば、コスト構造は変わります。
かつて明治時代には、お寺を解体した部材を使って料亭を建てるようなことが普通に行われていました。現代においても、既存建物の情報をBIMで管理し、部材を「使いこなす」仕組みを整えることは、資源循環の観点からも極めて現代的なテーマと言えます。
直近では、中東情勢の緊迫を受け、石油由来製品へ過度に依存することのリスク、サプライチェーンの脆弱性が明らかになりつつあります。資源は有限であること、大量消費社会は限界が来ていることを多くの人が感じ始めています。時代が変わることに対してどう対応していくのか。建築分野でもリユースを前提とする資源循環型の仕組みづくりが急務です。
「発注者の責任」と主体的な関わり
もう一つ重要な視点は、発注者、あるいは建主、建築主が中心であるということです。土木の世界では「発注者責任」という言葉が重く受け止められます。土木の世界での発注者は、国や県、市などであり、彼らが発案して予算付けして道路やトンネル、橋などをつくる。一体誰のためにどこに何をつくるのか、それをつくったせいで良くなったのか、悪くなったのか、これらが発注者の責任であるという自覚が当然ながら強いわけです。
しかし、建築の場合は、「自分の住宅だから関係ない」、あるいは「自分の住宅でも忙しいからハウスメーカーにすべてお任せでやってもらう」といった形が主流になっていて「発注者責任」という意識が乏しい。住宅産業側が、建築主は何もしなくても、土地とハンコだけ貸してくれれば、建物をつくり、例えば賃貸の賃料の収入で収支の事業計画も全部示して、お金を借りても返済でき、節税にもなるというように全部考えてありますからというわけです。
住宅産業側が、企業間の競争もあり、サービスを尽くしすぎた結果、本来、建物を建てる主であるはずの人が何の自覚もないということが、いつの間にか起こってきている。建築をつくる、あるいはリフォームするにしても、発注者の主体性というものが社会で認識されなくなっています。しかし、建築においても、その建物を建てたことで街がどう変わるのか。その責任は本来、発注者である、建築主(建主・施主)にあります。建築を建てた後も、建築主よりも建物の方が長く残っていく時代でもあります。建築主はその責任をもっと強く意識すべきだと思います。
「つくるプロセスそのものを楽しむ」という価値を再発見するためにも、これからは建築主が「暮らしの主役」として、より深く建築に関わっていくことが重要になります。建築主と利用者は重なることが多いですが、利用者も巻き込んでいく。利用者もいろんな意見を言うべきです。これまでの住宅産業にとって、建築主や利用者は「お客さん」であるわけですが、「お客さん」と言われている限りは、建築主や利用者にとって面白くはなりません。どんどん建てていく時代でもないので、もっと建てることそのものを楽しもうという時代が来ると思います。
AIが俳句を詠み、ロボットが重労働を代行する時代、人間が自分のために身体を動かし、環境を良くしていくプロセスにこそ、これからの豊かさがあるのではないでしょうか。建築分野は「人間の最後のフロンティア」であり、身体性を伴う創作活動の可能性は大きい。DIYを楽しめるほど身近なものであり、また、手を加えることによって生活環境がよくなるといったように成果も分かりやすい。建築をつくる、あるいはリフォームにおいて、プロに任せきりにするのではなく、DIYを含めて自分たちで手を入れ、育てていく。そうした「生活者の参加」を産業側がいかにサポートできるかが、今後の成長分野になるはずです。そういう側面で「場の産業」として価値を見出し組み直していく、別の産業に仕立て上げていくことは十分にあり得ます。
「やりがいの喪失」が建設労働が抱える深い問題
住宅業界に限らず、全産業においてですが、人手不足も深刻な問題です。人手不足を補うという意味で、職人の価値が見直される流れは必然でしょう。そこでも鍵となるのは、単なる「労働」としての作業ではなく、仕事そのものが「楽しい」と思える環境を取り戻せるかどうかです。
以前、ある大手メーカーの現場で働く職人さんたちに「子供を大工にさせたいか」というアンケートをとった際、驚くほど多くの人が否定的な回答をしました。その背景には、徹底的に効率化された現代の現場環境があります。
ある元大工の方は、「今の現場はコストと時間が厳密に決められすぎていて、自分はもはや大工ではなく、ただの『取り付け屋』になってしまった」と漏らしていました。本来、自分の手で空間を形作る喜びがあったはずの仕事が、生産性だけを追い求める作業に変質してしまった。この「やりがいの喪失」こそが、今の建設労働が抱える深い問題です。
これからの現場は、二極化していくかもしれません。効率のみを求める作業は、ロボットなどに委ねるべきです。実際に中国では30㎏の荷物を持って階段を上り下りできるような実用的なロボットが手の届く価格で登場しつつあります。一方で、人間が担当する領域は、もっと「つくるプロセス」そのものを楽しむ方向にシフトすべきです。鹿児島で「コミュニティ大工」という活動がありますが、ここでは元職人が一般の人にDIYを教えながら、一緒に空き家再生などを行っています。
仕事としてカツカツでやるのではなく、自分の暮らしを自分の手で良くしていくという、DIY的な喜びを仕事の中にどう組み込めるか。AIで何でもできる時代だからこそ、身体を動かして何かを作り上げる手応えや、そのプロセスを楽しむ文化の価値が、これまで以上に高まっていくはずです。
今の住宅産業は、効率化の袋小路に入り、活力を失いつつあります。これを打破するには、「自分でつくる」「みんなで場を育てる」という本来の楽しさを、産業の仕組みの中に再構築する必要があります。みんなが楽しいなと思う分野であるということ自体が、次の産業を生み出す原動力になります。プロもアマチュアも、つくることの喜びを分かち合えるような「場の産業」へと成熟していくこと。それが、需要減退や職人不足という課題を抱える住宅産業が、次の一歩を踏み出すための本質的な解になるのではないでしょうか。
(聞き手:沖永篤郎)

