安成 信次 氏

(一社)JBN・全国工務店協会 会長

日本の住宅史と「工業化住宅」の限界

日本の住宅政策を振り返ると、戦後の高度経済成長期にすべてが始まっています。当時は人口の都市移動が激しく、爆発的な住宅不足を解消することが国の至上命題でした。その結果、国が模索したのは「住宅の工業化」です。1950年代後半からプレハブメーカーが台頭し、新建材を用いた効率的な供給システムの普及が住宅政策の柱として進められました。

2025年度の新設住宅着工戸数は前年度比12.9%減の71万1171戸、持家は同12.6%減の19万5111戸となりました。かつて地域工務店が建てる住宅は、持家市場の6割以上を占めていましたが、この工業化の波に押され、現在は4割を切るまでになっています。しかし、私は住宅を「工業化住宅」と、私たちが提唱する「自然素材型住宅」の2種類に明確に分けるべきだと思っています。多くの消費者は「家はどれも同じ」と思っているかもしれませんが、中身は大きく異なります。

私が言う自然素材型住宅とは、内装の床・壁・天井などを無垢の木材や漆喰、珪藻土や自然素材系のクロスなどを用いた、文字通り「調湿する内装の家」です。自然素材型住宅への関心が高まったのは、2000年頃、社会問題化したシックハウスがきっかけです。「新建材から出る化学物質が原因だ」ということがわかり、法律で規制は進みましたが、根本的な「安全な素材を求める」というニーズは、今まさに脱炭素や健康という文脈で再燃していると感じています。JBNの会員の中においても、自然素材系の住宅を志向する工務店は増えています。

脱炭素ファクターが変える「価値の序列」

これからの地球環境を考えると「脱炭素」は避けて通れないテーマです。これが工務店経営にも大きなインパクトを与えると考えています。これまで住宅業界は「大量生産・大量消費・大量廃棄」のサイクルで回ってきました。安く建てて、30年で壊してまた建てる。しかし、これからはアップフロント・カーボン(建設時の温室効果ガス排出量)や、LCCM(ライフ・サイクル・カーボン・マイナス)の視点が不可欠になります。工業化住宅は、鉄やアルミニウム、石油由来の新建材を大量に使います。これらは製造過程で膨大な二酸化炭素を排出します。

一方で、地域工務店が手掛ける自然素材の家は、木材という炭素を固定した素材を使い、製造エネルギーも比較的低い。さらに、廃棄する際も環境負荷が小さい。

今、新築時のCO2排出量を算出し、見える化する動きが始まろうとしています。これが義務化に近い形になれば、工業化住宅と自然素材住宅の「環境価値」の差は一目瞭然になります。これまでは「安くておしゃれ」が優先されてきましたが、これからは「環境負荷が低く、資産価値として長く残る家」が本物のスタンダードになります。

あと5年~10年もすれば、地域工務店が手掛けるような、手間暇をかけた長寿命の家こそが「超高級」であり「正義」であるという評価が定着することを期待したいと思います。

住宅の「健康性」という新たなエビデンス

「健康」という視点もこれからの住まいづくりの重要なファクターになると考えています。

私たちは、住まいが人の健康に及ぼす影響を、単なるイメージではなく科学的なエビデンスとして蓄積してきました。九州大学の清水准教授や慶應義塾大学の川久保准教授との共同研究を通じて、本物の木材や自然素材に囲まれた生活が、ストレスを軽減し、血圧を安定させ、さらには「健康寿命」を延ばす可能性があることを解明しつつあります。

かつてのシックハウス問題は氷山の一角に過ぎません。今の住宅は、気密性を高める一方で、石油由来の素材に囲まれています。私たち地域の工務店は「アトピーが改善した」「よく眠れるようになった」というお客様の声を、データとして裏付けていく作業を続けています。

これからの工務店経営において、「健康になれる住まい」を提供できることは、他社との圧倒的な差別化要因になります。特に、高齢化社会においては医療費の抑制も社会課題ですから、住まいが果たすべき役割は、単なるシェルターではなく、健康を増進する「インフラ」へと進化しなければならないのです。

ストック循環社会における工務店の役割

一方で、いよいよ本格的なストック循環が求められる時代になります。その中で、地域の工務店が果たす役割はますます大きくなっていきます。

私たちは、家を建てて終わりにするのではなく、その家の「生涯のパートナー」にならなければなりません。これまでは「建て替え」がビジネスの中心でしたが、これからはリフォーム、リノベーション、さらには住み替え時の不動産的なサポートまで、総合的な役割が求められます。

地域に根ざした工務店は、その土地の気候風土を知り、その家がどう建てられたかを知っています。これを活かして、住宅の性能をアップデートし、次の世代へ引き継ぐ「ストックの番人」になるべきです。

特に重要なのが「街並みへの貢献」です。戦後の日本は、どこにでもあるような、あるいは個人の好みだけを優先したバラバラな街並みをつくってきました。

大手メーカーがつくった分譲地はある程度の統一感がありますが、それ以外の場所は美しい街並みには程遠いありさまです。

これからの工務店は、1軒1軒の家を通じて「美しい街並み」をつくり、地域の資産価値を高める責任があります。

ヨーロッパの古い街並みが今なお高い価値を保っているのは、地域の素材を使い、手入れをしながら住み継いできたからです。私たちは今、偽物の建材を容認してきた歴史に終止符を打ち、100年、200年と愛される本物のストックを地域に残していかなければなりません。

職人の誇りと教育の再定義

こうした質の高い家づくりを支えるのは、やはり「人」です。職人不足という課題にも向き合っていく必要があります。

職人不足は日本の教育制度そのものの敗北だと思っています。「とりあえず大学に行っておけ、ホワイトカラーが一番だ」という風潮が、ものづくりの現場から若者を遠ざけてしまいました。親も「大工になれ」「職人になれ」とは言わなくなってしまった。

しかし、ドイツを見てください。特色のある職業教育が進められており、大工を含め技能を持つ職業人は尊敬される専門職です。

大工は伝統的な制服を誇り高く着こなし、3年間の「修行の旅」に出る文化さえ残っている。彼らにとって、大工を含め技能者のトップは大学教授や企業の社長と遜色ない、社会的評価の高い職業なのです。

日本でも、この「職人の誇り」を取り戻す必要があります。AIが普及するこれからの時代、ホワイトカラーの仕事の多くは代替されますが、現場で複雑な素材を扱い、家を組み上げる職人の手仕事は、AIには決して真似できません。職人の賃金も上がっていますし、何より「自分の手で価値を生み出す」というやりがいは、AI時代の若者にとって魅力的な選択肢になるはずです。

JBNでは、大工を社員として雇用し、技術だけでなく社会性も備えた専門職として育てる取り組みを強化しています。職人がいなければ、私たちの理想とする自然素材の家は1軒も建ちません。職人を育てることは、工務店経営における最大の「未来投資」なのです。

「あるべき社会」から逆算した工務店経営を

工務店の経営者には、「あるべき社会」をイメージして、そこから逆算した経営をしてほしいと思います。目先の利益や効率だけを追い求めれば、必然的に工業化の波に飲み込まれます。しかし、私たちが守るべきは、地域の木材などの資源を使い、職人の技を活かし、住む人の健康と環境を守ることです。

脱炭素や健康という波は、地域工務店にとって「逆風」ではなく、これ以上ない「追い風」です。私たちが長年、非効率だと言われながらも守り続けてきた家づくりの手法が、今まさに社会から最も求められるソリューションになろうとしています。

地域工務店は、ただの建設業者ではありません。地域の文化を支え、環境を守り、人々の命を預かる「地域のリーダー」であるべきです。自信を持って、本物の素材を使った家づくりを突き進めていきましょう。

(聞き手:沖永篤郎)

  • 大月 敏雄 氏

    東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 教授
  • 松村 秀一 氏

    神戸芸術工科大学 学長
  • 伊藤 明子 氏

    元国土交通省住宅局長 元消費者庁長官 まち・ひと・しごと研究所 代表取締役
  • 村上 周三 氏

    (一財)住宅・建築SDGs推進センター 顧問  東京大学 名誉教授 
  • 安成 信次 氏

    (一社)JBN・全国工務店協会 会長