村上 周三 氏

(一財)住宅・建築SDGs推進センター 顧問  東京大学 名誉教授 

CASBEEにおける
L(環境負荷)の削減とQ(環境品質)の向上とは

京都議定書(1997年)では、先進各国にCO2削減の義務が数値目標として設定され、脱炭素の運動は大変な盛り上がりを見せました。建築分野からのCO2の発生量は多かったので、建築に対する風当たりは強かったです。それを受けて、世界各国で建築分野の脱炭素に向けた環境評価ツールが発表されました。これらのツールは、当然のことですが、CO2削減を主たる目標にした内容となっています。しかしCO2削減だけに注力して評価する場合、建築物としての利便性や快適性の性能が低くても、エネルギー消費削減という努力だけで高い評価を得ることが可能になります。

それでは、人が心地よく過ごす場を提供するという「建築」の本来的な意義が失われてしまうのではないか―。その強い危機感からCASBEE(建築環境総合性能評価システム)開発はスタートしました。最も重視したのは、「環境負荷の削減」と「建物の品質・性能の向上」という二つの設計目標をいかに同時に評価するかという視点でした。

CASBEEでは、環境負荷(Load)を削減する取り組みと、環境品質(Quality)を高める取組を同時に評価し、その比率Q/Lを「環境効率(BEE)」と定義します。分母のLを下げ、分子のQを最大化することで、最高ランクである「5つ星」に近づく。そういった仕組みの評価ツールになっています。

この「品質と負荷の両立」という考え方こそが、持続可能な建築社会を支える背骨になると信じています。

CASBEEの理念を定義づけるLとQの2元論において、L削減の方向が明確であるのに対し、生活水準が向上した先進国における今後のQ向上の方向性について、ある意味で混迷の状態にあると言えます。快適・衛生・効率などの基本的要件が達成された現在、さらなるQの向上を目指す方向については、多様な価値観が示され多様な要望が生まれています。この課題については、「知足」の生活倫理を含め、最後に触れます。

L削減の新たな方向性
「資源ニュートラル」への転換

世界のCO2排出量の約38%は建設由来です。この現実を直視すれば、私たちは今後さらなる負荷の削減に挑まなければなりません。 

これまでの省エネ対策の主流だった「オペレーショナルカーボン(使用時のCO2排出量)」の削減については、産官学の関係者の尽力で手法が確立されてきました。近年、グローバルなゼロカーボン運動の中で、建物のライフサイクル全体(LCA)を見据えた「エンボディドカーボン(資材製造から解体時に至る間のCO2排出量)」の削減が、新たな課題として浮上しています。

LCAにおいては、脱炭素の新たな課題が浮上してきます。例えば、オペレーショナルカーボンとエンボディドカーボンのトレードオフの問題です。断熱材を増やせば建物運用時のCO2排出は減少しますが、その資材を作るためのCO2排出量は増えます。トータルの排出量(LCCO2)最小化する最適解はどこにあるのか―。このような問いに対し、明確なエビデンスを提示していくことが求められています。

さらに私は、カーボンニュートラルのその先に、「資源ニュートラル社会の実現」という新たな目標を指摘したいと考えています。これは、建築分野におけるサーキュラーエコノミー(循環経済)への移行を意味します。

鉄、コンクリート、木材など、膨大な資源を消費する住宅・建築産業は、資源節約に向け先導的な取り組みに着手し、産業分野でのリーダーシップを示すことが求められております。これは住宅産業の一層の発展につながる道であると思います。

サーキュラエコノミーの具体化に向けた「ストックの再生」

資源ニュートラルという観点に立てば、既存の住宅ストックを適切に維持・再生し、より長く使い続けていくことは極めて重要な戦略となります。

これまで、日本の住宅産業界は、新築住宅の環境性能向上において目覚ましい成果を上げてきました。しかし一方で、既存住宅の再生については未だに手付かずの課題が多く残されています。 

戦後の住宅不足を解消するために供給された膨大な住宅ストックの多くは、現代求められている居住環境水準に達していません。これらを「負の遺産」として放置、あるいは除却するのでなく、サーキュラーエコノミーという新たな価値観の下で、価値ある「社会資産」へと蘇らせることが住宅産業に求められています。

使えるはずの建物を壊して建て替える旧来のビジネスモデルを見直し、ストックの質を底上げして再利用する。これこそが、省資源時代の住宅産業が進むべき道ではないかと思います。

大量消費文明時代におけるQの向上のあり方

産業革命以後の科学技術の進歩は、安全、衛生で快適な住居を多くの人類に提供することに成功しました。第二次大戦後、先進国は大量生産、大量消費の文明を謳歌しました。これにより快適・効率などの環境品質(Q)の向上に関する多くの要求は満足されるようになりました。基本的要求条件が満足されると、今まで顕在化していなかった新たな価値観や課題が発生します。

生活習慣病などの事例が示すように、消費文明は物心両面での豊かな生活を保障するものではありません。消費文明が成熟した後の、新たな価値観に基づくQのあり方を示すことはこれからの課題です。これが住宅関係者に求められている最大の課題の一つであると考えます。 

住宅における新たな価値としての「健康」と「ウェルネス」

環境品質(Q)の改善において、近年私たちが取り組んできた一つの取り組みが「健康」の価値化です。

居住環境が健康に及ぼす影響については古くから多くの研究がなされてきました。しかしながら、建築分野の研究に止まっていたため、医学分野の関心を呼ぶことは稀でした。このテーマを、医学的エビデンスに基づいて解明するため、我々は医学分野の専門家と協力して、国交省の支援の下に大規模は全国調査を実施し、居住環境と健康に関するデータベースを作成しました。その結果、居住環境が健康に及ぼす種々の影響を医学的エビデンスとして明らかにすることができました。一例が、冬季に確保すべき室温基準18℃の提示です。現在では医学界からも高い評価をいただき、建物の品質が健康維持・増進に直結するという認識は、医学分野にも広く浸透しつつあります。これにより住宅計画の新たな領域を提示できるようになりました。我々はこの研究成果を、生活習慣病に倣って、「生活環境病」と命名しています。

今、この議論は「健康」からさらに一歩踏み込み、より幅広く精神的な充足までを含めた「ウェルネス」、「ウェルビーイング」へと進化しつつあります。「生活環境病」の研究は、環境品質Qの評価に、新たな展望を示すことになりました。

大量消費文明の反省と「知足」の生活倫理

世界各地の伝統的なバナキュラー住宅をCASBEEで評価すると、多くのバナキュラー住宅が、「4つ星」という、十分に高い評価を得ます。Q/Lという指標において、バナキュラー住宅では、Lの値が小さいことが共通の特徴です。 戦後建設された多くの現代住宅の評価は「2つ星」に止まります。消費文明とは無縁な伝統建築は、地域の風土に逆らわず、最小限の負荷で豊かな居住環境を創り出す努力をしています。地球環境問題の深刻化に悩む現代社会に対して、多くの示唆を与えます。 

産業革命に至る人類の長い歴史において、物質的豊かさは最優先の達成目標でした。現在の私たちが大量生産・大量消費という文明を実現したことは人類の大きな成果ですが、同時に副作用も生み出しました。副作用は「過剰消費」から発生します。過剰消費に伴う資源枯渇や地球温暖化などのグローバルな問題から、生活習慣病というパーソナルな問題まで、副作用は様々です。資源多消費型の現代の住生活は、必ずしも人々に健康や精神的安らぎを提供することに成功しておりません。

京都・龍安寺のつくばいに刻まれた「吾唯足知(われただ足るを知る)」という言葉があります。中心の「口」を共有して四つの漢字が構成されるこの禅の教えは、これからの住生活のあり方を考える上でのヒントを与えます。「足るを知る」(知足)とは、決して我慢することだけではありません。江戸時代の「少量生産、少量消費」の文化のように、日常生活を豊かに、そしてエンジョイするための生活倫理と位置づけられるのです。過剰消費を先導したアメリカ文明とは対極の位置にある価値観となり得ます。

住宅産業は、「箱」の提供者から、「Joy of Life」(日々の生活の喜び)を提供し人生の豊かさを支える、「生活価値の創造者」へと脱皮すべき時を迎えています。

住宅産業に関わる方々には、ぜひ一度、日本社会特有のこの生活倫理に基づいて、「豊かさの定義」を見つめ直していただきたいと思います。この見直しが、新たな生活倫理に基づく環境品質(Q)の提案と、今後の資源ニュートラルに向けた新たな産業政策に結びつくことを期待しております。

(聞き手:中山紀文)

  • 大月 敏雄 氏

    東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 教授
  • 松村 秀一 氏

    神戸芸術工科大学 学長
  • 伊藤 明子 氏

    元国土交通省住宅局長 元消費者庁長官 まち・ひと・しごと研究所 代表取締役
  • 村上 周三 氏

    (一財)住宅・建築SDGs推進センター 顧問  東京大学 名誉教授 
  • 安成 信次 氏

    (一社)JBN・全国工務店協会 会長