全国調査でここまで見えた健康ベネフィット
住環境向上の医療経済評価を断熱化の説得力に
10年を超える全国調査を通して、住宅の温熱環境と健康に関するエビデンスが積み上げられている。
カーボンニュートラルの実現に向けて住宅の省エネ化が急速に進むが、健康という視点も忘れてはならない重要な要素だ。
住環境と健康のテーマに長く取り組む(一財)住宅・建築SDGs推進センターの伊香賀俊治理事長に、現在の状況、課題を聞いた。

暖かな暮らしで不要な病気を避けられる
住環境と健康の研究が加速、多くのエビデンスが積み重ねられてきました。その大きなきっかけとなったのが、2018年11月に世界保健機構(WHO)が「住まいと健康のガイドライン」を出したことです。その数年前からさまざまな検討が進められており、日本においても国土交通省が14年度から断熱改修前後の健康に関する調査事業を開始、後に厚生労働省も連携して大規模な調査が進められました。わが国においては、住宅の温熱環境と健康に関するエビデンスは十分ではありませんでしたが、この全国調査を通じて、これまでに医学論文14編が発表されています。
こうした成果はさまざまな形で発信されています。日本の健康政策の柱に位置付けられる「健康日本21」のなかで室温と血圧、室温と睡眠などに関するエビデンスが引用され、厚生労働省は論文成果を引用した国民向けのリーフレットを作成、自宅の温度を把握することを目的とするチェックリストも公開しています。また、医学界では、25年12月に日本血圧学会と日本循環器学会が「冬こそ血圧朝活!」との緊急声明を発表、室温管理の重要性を訴えました。冬の朝に心血管異変が多いことは昔からよく知られていましたが、しっかりとした根拠をもって説明できるようになったことを踏まえての声明です。
14年度に始まった全国調査は、最初の6年間で一度完結、その調査結果を踏まえた論文が順次まとめられてきました。7年目以降は、改修工事を終えて5年経過した人たち、改修工事をしないまま5年経過した人たちを対象とした調査を行い、今、その結果がまとまりつつあります。
この調査で分かったことは、例えば、断熱改修をせずに5年経過した人たちは血圧が平均で6.9㎜Hg上がっているのに対し、断熱改修した人たちは平均3.4㎜Hgと、血圧上昇が半分程度で済んでいます。この3.5㎜Hgの差は非常に大きな意味を持っており、循環器疾患で亡くなる方を1万人以上減らせるぐらいの影響があります。また、断熱改修をしっかりと行い、WHOのガイドラインでもある18℃を満たす住まいに改修した場合、改修しなかった場合に比べ5年後の脂質異常症の発生を3割に、夜間頻尿を4割に、住まいの中で一回以上転倒する人を4割程度に抑えられるなど、これまでの医学論文よりもレベルが高いエビデンスを得ることができました。
10年目の追跡調査を昨年の冬から開始しており、あと5年もすれば断熱改修した住宅に10年間住み続けたらどうなるのか、さらに多くのことが分かるようになると思います。断熱性能が高い住宅で暖かな暮らしができれば不必要に病気にならずに済む、それほど住環境は大事だということです。
新築は少なくとも等級5以上
既存住宅の改修が大きな課題
心疾患や脳血管疾患、呼吸器系疾患による冬場の死亡率が高い、これは医学界の常識です。厚生労働省の統計をみると、この3疾患の冬季超過死亡率(冬の死亡者数が他季節の平均死亡者数と比べどの程度高いかの割合)はこの30年間、減少を続けており、95~99年の17%程度から20~24年は10%程度にまで改善されています。一方、総務省の統計によると断熱住宅(二重サッシまたは複層ガラス窓が一部の窓にある住宅)の全国普及率は着実に高まっています。
住宅の温熱環境の改善に比例する形で冬季超過死亡率が減っていることが統計から読み取れます。もちろん医学の進歩などもあり、住宅の性能だけが死者数を減らしているというのは言い過ぎですが、少なくとも断熱性能の高い住宅の普及が、冬場の病死を減らすことに大きく寄与する可能性が見えてきたと言えます。
昨年度、省エネ基準への適合が義務化されました。断熱等性能等級4は最低限守らなくてはいけないレベルです。しかし、健康面から言うと等級4は少し物足りない断熱レベルで、等級5以上で健康に一定の効果がありそうだということが分かってきました。ですから新築住宅では少なくとも等級5以上、できれば等級6程度の家づくりをしていただきたいと考えています。
一方、大きな課題がストックの改善です。既存持家に占める二重サッシまたは複層ガラス窓のある住宅の普及率は23年の全国平均で42%です。とは言え、普及しているのは寒冷地が中心で、温暖な地域では2~3割程度という状況です。さらに、すべての窓が対応しているのは22.0%と半分程度です。この「すべての窓が対応している住宅」が等級4レベルに近いと思われることから、既存住宅の断熱化をさらに強化していかなければなりません。
「先進的窓リノベ」など、断熱改修に関する国の補助金は手厚くなっていますし、さらに東京都など一部の自治体も断熱改修に力を入れています。住宅供給者は、こうした支援制度をうまく活用して、既存ストックの断熱改修を進めていただきたいと思っています。
等級6の新築は87%が費用対効果アリ
住宅業界においては、新築需要が減退するなかで新築中心であった事業者のリフォーム分野へと事業拡大が進んでいます。一方で、住宅価格高騰もあり中古住宅の購入が当たり前になり、買取再販専業で成長する事業者も多い。空き家活用という課題もあります。既存住宅の流通においてもリフォームが重要となります。このリフォーム分野において健康をキーワードとする断熱改修が大きな柱の一つになると思います。
ただ、中古住宅流通において、省エネ基準さえクリアせず、見た目だけを綺麗にして販売する物件も少なくないのではないでしょうか。これだけ住環境と健康に関するエビデンスが出ていても、それを知らない、理解できないことから、その重要性を過小評価している方もいるのではないかと思います。
国土交通省の事業を通じて、毎年2月に報告会を開催していますが、600人、700人と多くの方が興味を持ち参加いただいています。しかし、しっかりと情報を取りに行くのは一部の先進的な事業者であり、大多数の方々には届いていないと感じています。関心の低い住宅事業者に届けるための施策がまだまだ必要です。
一方で、売れればよいという事業者も一定程度はいるでしょうから、一般消費者に向けた情報発信に力を入れることが重要だと感じています。こうした啓発活動は、国や行政、業界全体で取り組む必要がありますが、やはり住宅事業者の役割は大きい。優良な事業者は住環境と健康の情報発信を行うことで自らの差別化につなげることができます。
これまで発表された14編の論文のなかで一番新しいものは医療経済評価の論文です。日本では、健康寿命を1年延ばすのにかかる費用が「500万円以下」であれば費用対効果があると判断されます。等級6で新築した場合、工事費は増えますが光熱費は若干安くなります。この論文は循環器系疾患のみに限定していますが、その医療費を含めて考えると、500万円以下に収まる確率は87%となります。つまり等級6の新築住宅を建てた人の87%は健康面で費用対効果が期待できるということです。一方、等級6への改修の場合、費用対効果が良くなるケースは43%。これは新築に比べて改修の方が等級6にする工事費が倍以上かかるためです。
こうした説明がしっかりとできれば、リフォームや買取再販に大きな説得力を生むことができるのではないでしょうか。
改正・建築物省エネ法にも明記
断熱化の健康増進を後押し
今、建築物省エネ法の改正に向けて国会で審議が行われています。法改正のポイントの一つが、建築物の使用段階の省エネだけでなく、資材の製造から建物の解体までのライフサイクル全体のCO2排出量を評価する仕組みを導入することです。住宅を壊して新規に建て替えるよりも、住宅を改修して長く使い続けるとライフサイクルカーボンを減らすことができます。
さらに改正案では、同法の目的のなかに新たに「基本理念」が加わり、「~健康の増進その他の建築物の快適性その他の建築物に必要な性能を確保するとともに~」という一文が記載されています。省エネ性能を上げることが健康の増進に繋がると追記されたことは、断熱改修による健康増進の後押しにつながると考えています。
住宅は、LCCO2の評価制度における国への届出制度、建築主への説明制度の対象ではありませんが、2年後には任意ではあるものの第三者認証を受けての表示制度の対象となります。当面、表示制度を活用するのは先導的な住宅事業者だけかもしれません。しかし、その活用が増えることで表示のない住宅が選ばれなくなってくると期待しています。
先に閣議決定された新たな住生活基本計画で、ストック重視があらためて強く打ち出されました。また、国土交通省の社会資本整備審議会建築分科会で、今年1月に「建築分野の中長期的なビジョン検討に係る中間的なとりまとめ」が公表されましたが、ここでもストック重視がはっきりと謳われています。国全体がストック重視へと動き、既存住宅を改修して優良な住宅ストックとして使い続けようという方向に動いています。こうした動きは、断熱改修に取り組む事業者の大きな後押しとなると考えています。
(聞き手:平澤和弘)

