暮らしの変革期に問い直す「和室」の価値
日本独自の住文化である「和室」は、現代の住宅から失われつつある。
2024年に発足した「現代・和室の会」の内田青蔵会長(神奈川大学名誉教授)は、住まいのあり方の変革期である今こそ、「和室」の良さを再確認し、新たな形で未来へとつなぐ好機だと語る。

若い設計者たちに「学びの場」の提供を
「現代・和室の会」が発足してから3年目に入りました。もともとは大学の建築系の研究者を中心に「このままでは日本の住まいから和室が完全に失われてしまう」という強い危機感を持って立ち上げた活動です。
しかし、この数年を振り返ってみても、和室を取り巻く厳しい現状が劇的に改善されたわけではありません。私たちの住まいから和室が減少しているという状況は依然として続いています。畳の生産量は落ち込み、畳表の原料となるイグサを栽培する国内の農家も減少の一途をたどっています。私たちの活動が、まだ社会全体に対して十分なインパクトを与えられていないことを真摯に受け止め、より腰を据えて活動を展開していかなければならないと痛感しています。
われわれの会は、和室の魅力や歴史的価値について「こうあるべきだ」という提言をすることはできます。しかし、それを具体的な形として社会に供給し、普及させていくためには、実際に住宅を設計・建設する企業、とりわけハウスメーカーの方々との連携が不可欠です。ハウスメーカーの設計担当者や若い技術者たちとの交流も進めていますが、そこで見えてきたのは、彼ら自身が置かれている深刻な状況でした。
今の若い設計者たちのほとんどは、そもそも自宅に和室がない環境で育っています。企業の中でも和室を作るプロジェクト自体が減っているため、いざ「和室を設計してほしい」と言われても、何を手がかりにしてよいのか、どう設えればよいのかが分からないという状況が生じているのです。まずは彼ら設計者に対して、和室の歴史や意匠的な特徴、その空間が持つ心地よさを具体的にレクチャーし、議論する。そうした地道な「学びの場」を提供することからスタートしなければならないと考えています。
また、その前段階である大学の建築教育においても木構造や伝統的な和の空間を設計する機会が極めて少なくなっています。現在の多くの学生たちは「床の間」の空間的な意味を理解できず、「長押(なげし)」という漢字すら読めないのが現実です。まずは、建築を学ぶ大学のカリキュラムの中に、日本の伝統的な設計技法である「木割り」や「尺貫法」の基礎を学ぶ機会を意識的に作ること。基礎が分かれば、若者たちはそれを応用し、現代にフィットした新しい和のデザインを自発的に生み出すことができます。設計を教える大学の先生方自身も和室の設計経験が少ない現代だからこそ、私たちの会がレクチャーを引き受けるなど、アカデミアと実務、伝統技術を繋ぐ役割を果たしていきたいと考えています。
和室が減少した背景には、戦後の高度経済成長期以降、日本人が住まいに「合理性」や「機能主義」を求めてきた歴史があります。住宅の規模が縮小する中で、限られた面積を効率的に使うために洋風化が進み、個室が並ぶ間取りが主流となりました。その過程で割を食ったのが、かつて住まいの一等地に位置付けられた和室でした。
見落としてはならないのは、和室の消失が、単に空間の意匠が変わったという物理的な問題にとどまらず、私たちの「住まい方」や「他人の関わり方」という生活文化そのものの変容と深く結びついているという点です。かつて日本の住宅において、座敷は「接客のための空間」としての役割を担っていました。客人を迎え、もてなすための床の間があり、そこには季節の花や掛け軸が飾られる。住まいの中に「他人の目」が入ってくるという構造が存在していました。
現代の住宅からは、この「接客」という行為が急速に消え去り、住まいは家族、あるいは個人だけの「完全な密室」へと閉じられつつあります。散らかっていても、都合のよいものだけに囲まれていればそれでいい、という私的な領域の深まりは、住まいの美意識や作法といった暮らしの文化を退廃させていく要因になりかねません。
住まいを地域やコミュニティに対して「開く」。その他者との触れ合いの境界線として、かつての和室空間は機能していたのです。富裕層の方々が、自らの邸宅に質の高い和室を取り入れる傾向があるのは、単なる贅沢品としてではなく、それが人をもてなす最高の空間であり、住まい手の精神性やプライドを表す文化的な装置であることを本能的に理解しているからではないでしょうか。私たちはその良さを、富裕層だけのものにするのではなく、日常の限られた住まいの中にどう簡略化して取り込めるかをあらためて模索しなければなりません。
生産と消費を繋ぐ制度の不在
現在、日本の「手漉き和紙技術」や「手織り中継表(畳表)製作」などがユネスコの無形文化遺産に登録され、国が策定した新しい住生活基本計画でも「和の住まいの推進」という文言が盛り込まれています。こうした伝統的な日本の建築技術を守る動きは、和の住文化を守るための大きな追い風です。しかし、大きな問題は、こうしたスローガンが日常生活のレベルにまで降りてきていないという点です。技術を未来へ継承するためには、実際に職人がそれを一定量生産し、私たちが日々の暮らしの中で消費するという健全なサイクルが必要です。
近年、土や紙、木といった自然素材を用いた循環型建築が注目されていることも、非常に喜ばしいことです。畳や和紙といった和室を構成する建材は、まさに環境配慮型の自然素材であり、「ウェルビーイング」や「エコ」との親和性もあります。ただ、市場において、こうした自然素材は人工素材に比べて、どうしてもコストが高くなってしまいます。
国産木材の利用を促進するために、国産材を使用する住宅に補助があるのと同様に、住宅に本格的な和室を採用する施主やハウスメーカーに対し、助成金を出すような仕組みも考えるべきです。そのような制度ができれば、ハウスメーカーも和室を施主に提案しやすくなり、供給側のマインドも大きく変わるはずです。
高気密高断熱の「閉じた箱」への問い
現代の日本の住宅では、高気密・高断熱などの高性能化が急速に進んでいます。ヒートショックの防止や省エネルギーの観点などからみて優れた進化でありますが、その引き換えに、大切な何かを失ってはいないでしょうか。
かつての日本の住まいは、気候風土と密接に結びついていました。夏は日差しを遮るために深い軒を出し、障子や襖、窓を開け放って外の風を入れ、縁側に佇んで庭を眺めながら夕涼みをする。自然を人工的に完全にコントロールするのではなく、住まいを開け閉めしながら、自然の変化と一体となって暮らしていました。
それが今では、窓を閉め切り、ボタン一つで年中一定の温度にコントロールされた「閉じた箱」が当たり前になってきています。こうしたコントロールされた快適な空間が人間にとって「幸せな住まい」なのでしょうか。外気温の変化に対応できない身体になってしまう懸念もありますし、何よりエネルギー供給が止まったとき、私たちはそこで生活を維持できるでしょうか。すべてを機械に依存した生活は、一見合理的ですが、はかなく脆いものです。
和室が持っていた自然に対して開かれた性質を、現代の住宅性能とどう両立させていくか。この難しい課題を考えていかねばなりません。
小さな住宅でこそ生きる多機能空間
人々の働き方が変わり、在宅時間が増えた現代において、住まいは単に「寝るための場所」から「家族と豊かな時間を過ごす場所」へと役割を変えつつあります。この住まいの転換期において、和室が持つ多機能の特性は大きな強みになるのではないでしょうか。
和室は、固定された家具に縛られません。敷布団を敷けば寝室になり、ちゃぶ台を置けば食事の場になり、何も置かなければ子供の遊び場や、ゴロ寝をしてリラックスする空間になる。住宅の規模が縮小している今だからこそ、一つの空間を多目的に使える和室の融通さは、極めて機能的です。
日本人は洋風化された生活をしているように見えて、実は今でもフローリングの上にカーペットを敷いてゴロ寝をするという、床座のDNAを色濃く残しています。それならば、無理にすべてを洋室にするのではなく、椅子座とゴロ寝が共存できる「折衷的な空間」を積極的に提案していくべきです。
歴史を遡れば、大正・昭和期に建てられた「同潤会アパート」では、畳の上に椅子を置くと傷んでしまうため、床にコルクを敷き、椅子座とゴロ寝が両立できる先進的な和洋折衷空間を創り出していました。最近では、建築家の黒田幸弘氏が風呂場やトイレを含めた住空間のほとんどに畳を敷きつめた別荘「畳楽庵(じょうらくあん)」を建て、畳の新たな可能性に挑戦している事例もあります。
近年建物のストック活用が広がり、古い空き家をリノベーションし、和と洋をミックスした宿や住まいへと再生させる試みも増えていますが、こうした「和洋のミクスチャー」のデザイン手法の中にこそ、これからの和室の在り方のヒントがあると思います。
我々「現代・和室の会」は、昔のものが良いと主張するだけの懐古主義の団体ではありません。現代の人々の暮らしや技術に調和する「新しい和の住まい」の姿を、多くの皆さんとともに描き、実践していきたいと思います。
(聞き手・高場泉穂)

