饗庭 伸 氏

東京都立大学 都市環境学部 都市政策科学科 教授

人口減でも都市の課題は細分化・複雑化

日本全国における人口減少は2008年頃から本格化していますが、世帯数の減少はそれに遅れて進行しています。都心部や一部の都市圏では世帯数の増加が続いており、都市空間への致命的な影響が直ちに現れているわけではありません。しかし、中長期的には世帯数の減少に伴い、都市空間に大きな変動を及ぼすことは確実です。

都市における「課題」の本質は、単なる人口の多寡や密度の問題ではありません。人口が減少したとしても、社会生活を営む人間が一定数存在する限り、人々のニーズや生活上の課題、例えば、高齢化、孤独、防災、ジェンダー対応などは消滅しません。むしろ、テクノロジーの進歩や社会意識の変化によって課題の「解像度」が上がり、ニーズの種類や多様性は一層増大しています。

これに対し、都市空間やインフラに投入できる資金、労働力、行政サービスなどのリソースは削減・制約されていきます。したがって、現代の都市計画・住宅業界に求められているのは、「限られた、あるいは減少していくリソースを用いて、細分化・複雑化する人々の課題をいかに効率的かつ柔軟に解決していくか」という構造的転換への対応です。

幸いにも日本の都市部は過去の先人たちが築き上げてきたインフラや建築ストックの膨大な蓄積があり、海外のような深刻なスラム化などの破綻を免れています。今ある都市ストックという「財産」の上に立ち、それをいかに賢く手入れし、改善していくかが問われています。

人口構造の二大パターン

地方都市や郊外の都市マネジメントを考える上で、人口構造のピラミッドのパターンを正しく見極めることが極めて重要です。私はこれを「ひとこぶ型」と「ふたこぶ型」の2つに大別して見ています。

ひとこぶ型は、団塊の世代、第1次ベビーブーマーの人口比率が非常に大きく、団塊ジュニア世代などの山が存在しない構造です。90年代後半に地元に十分な雇用の受け皿がなかった地方都市で多く見られます。これから高齢者ニーズが爆発的に増加し福祉や行政がパンク状態になる懸念がありますが、この「高齢化の波」を乗り越えれば、急速に人口推移が平坦化し、比較的早い段階で「定常状態」に到達します。

ふたこぶ型は、主要都市・産業都市などに多く、団塊の世代と団塊ジュニア世代の両方に人口の山が存在する構造です。継続的な雇用を提供してきた都市で見られます。1つ目の高齢化の波を超えた後も、将来的に2つ目の高齢化の波が控えており、長期間にわたって高齢化対応の負荷が続きます。

都市空間マネジメントにおいて最も望ましい状態とは、急激な人口の増加でも減少でもなく、「増えも減りもしない定常型社会」です。定常状態においては、インフラや住宅の需要が安定するため、無駄な過剰開発や突発的な撤去を行う必要がなく、計画的で持続可能な運用が可能となります。特に「ひとこぶ型」の地方都市においては、目先の過剰な悲観論にとらわれることなく、高齢化のピークを越えた先に待つ定常状態を見据えた中長期的な空間戦略を描くことが不可欠です。

空き家・スポンジ化問題の実態と「新陳代謝仮説」

メディアでは「空き家問題」や、空き地・空き家が散在化する「都市のスポンジ化」が過度にセンセーショナルに報じられ、「日本中が空き家だらけになり衰退する」といった悲観論が蔓延しています。しかし、私はこの実態について独自の仮説を持っています。

空き家は「永久に増え続ける不変の存在」ではなく、建て替えや土地再利用など、都市の新陳代謝の過程で不可避的に発生する「一時的な滞留状態」です。
家屋が空き家となり、やがて解体されて更地になり、その後売却や再開発を通じて新たな用途、例えば新築住宅、駐車場、店舗、公園などに再利用されるサイクルが存在します。5年・10年といったスパンで追跡調査を行うと、かつての空き家の多くは解消・再利用されており、永遠に固定化されるケースは限定的です。

世田谷区などで散見される空き家問題も、人口減少そのものが原因というよりは、敷地が幅員4mの道路に接しておらず、「建築基準法上の道路接道条件」という制度的・物理的制約により、再建築不可である部分が大きいです。また、夕張市のような鉱山閉鎖に伴う移動型の人口減少や、旧東ドイツにおける壁崩壊後の激変などとは異なり、現在の日本の多くの都市で起きているのは、その場での高齢化・自然減が起こる「移動によらない人口減少」です。

土地が更地になれば密度が下がるので、周囲への災害のリスクは低減し、避難スペースや日照の確保といった良好な住環境の形成に寄与する面もあります。したがって、空き家や空き地の発生を過剰に恐れるのではなく、それらを「新陳代謝の過渡期」として捉え、円滑に次の利用へとつなげる仕組みづくりが求められています。

再開発手法の変化と制度的課題

高度経済成長期からバブル期にかけての都市再開発は、大規模な用地買収と権利調整を行い、巨大な複合ビルや大きなインフラを一括整備する「大規模一括開発」が主流でした。これは最大多数に向けた膨大な空間需要に対応するには有効でしたが、現代の細分化された都市課題に対しては、スケールが大きすぎて柔軟に対応できないという限界を迎えています。

現代において求められているのは、小規模な空き家・空き地をピンポイントで束ね、地域ニーズに応じる「小規模・分散型の再開発手法」です。例えば、住宅街の中に散在する2〜3軒分の空き家・空き地を一体的にまとめて集約し、低層〜中層のサービス付き高齢者向け住宅やコミュニティ拠点を整備し、それを地域の再開発スキームとして回していくような取り組みです。

しかし、現在の都市再開発法等の制度は、依然として大規模事業や公共性を前提として設計されています。小さな空き地を統合して地域コミュニティの課題を解決するような小規模事業に対しては、補助金の交付や容積率緩和といった制度的支援の手が届きにくいのが実情です。

今後は、公共性の解釈を広げ、多様な目的に柔軟に適用できるよう、小規模再開発を後押しする制度的再編が急務となっています。

アフォーダブル住宅政策は既存の公的リソースの活用が鍵

都市部における住宅価格の高騰に伴い、中間所得層や若年層が良質な住宅を確保できない問題が深刻化しており、「アフォーダブル住宅」が注目を集めています。東京都なども民間デベロッパーを活用した供給促進を模索しています。しかし、土地価格が異常に高騰している都心部において、民間事業者にインセンティブを与えて2割程度の価格引き下げを図ったとしても、元値が高いために「焼け石に水」であり、根本的な解決にはなりません。高額な市場に無理やりアフォーダブルな枠組みを押し込む政策は、市場の歪みを生むリスクがあります。

むしろ、真のアフォーダブル住宅政策として機能すべきは、既存の公的リソースである「UR都市機構」や「JKK東京(東京都住宅供給公社)」の既存ストックの活用です。都市部に膨大な住宅資産を保有する公的機関が、建替時やリノベーション時に適正な家賃帯の住宅を安定的に供給・維持することこそが、最も確実で効果的なセーフティネットとなります。民間デベロッパーに過度な負担や役割を期待するのではなく、公的ストックの戦略的運用によって住まいの安定を図るべきです。

「悲観論による思考停止」からの脱却と「仮のゴール」の設定

人口・世帯減少に対し、「市場が縮小する」と単に悲観して思考停止に陥るべきではありません。世帯減少はどこかで必ず下げ止まります。都市や地域ごとに「世帯数が3割減少した時点で定常状態に達する」といった「仮のゴール」を具体的に設定し、そのゴールからバックキャストして、必要な住宅数、インフラ規模、事業モデルを再設計することが重要です。

世帯減少によって生まれた空き地・余白は、都市衰退の象徴ではなく、これまでの過密都市では実現できなかった「豊かな住環境」を創造するための絶好の機会です。この余白に、コミュニティガーデン、市民菜園、子供の遊び場、高齢者サロン、サードプレイスといった、住民の孤立、育児、健康増進などの生活課題を解決するスモール・ソリューションを埋め込んでいくアプローチが求められます。

住宅業界は、単体の「家」だけを売るビジネスモデルから脱却しなければなりません。理想的な都市づくりの最小単位は、歩いて暮らせる「1㎞四方」の小学校区程度のエリアです。この空間内に、高価格帯からアフォーダブルな賃貸まで多様な住宅が存在し、日常生活を支える居場所やサービスが網の目のように配置されている状態を目指すべきです。住宅メーカーや工務店は、個別の家を建てるだけでなく、エリア全体の価値を高める「街の伴走者」となることが求められています。

人口減少時代における住宅業界の役割は、単に建築量を拡大することから、都市の質を高め、発生した余白空間を人々の幸せな暮らしへと変換することへとシフトしています。悲観論を乗り越え、下げ止まった先の定常社会を見据えた計画的かつ前向きなアプローチこそが、これからの住宅産業と都市の未来を切り拓く鍵となります。

(聞き手:沖永篤郎)