住まいこそ福祉の基盤
誰もが参加できる社会は強くなる
所得格差の拡大などによって、住まいのセーフティネットとしての重要性が改めてクローズアップされている。
福祉の現場では、「住まい」が大きな壁となっている。住む場所が決まらないために、公的な支援の手が届かず、自立を促すことも難しくなるからだ。
元厚生労働事務次官で、福祉分野に長く携わってきた村木氏は、住宅と福祉を分けて考えるのではなく、両者をつなぐ仕組みが必要だと指摘する。

出雲で出会った居住支援
サポート体制が貸せる住まいを増やす
厚生労働省で勤務していたころ、私は住宅の問題について、国土交通省が扱う領域であり、自分たちには手を出せない分野だと考えていました。しかし、現場で福祉の取り組みを行っていると「住まいの壁」に衝突することが非常に多いのです。
福祉の現場で相談者の暮らしを考えるとき、まずは相談者が住んでいる地域を起点に、近隣で利用できる福祉サービスや働ける場所などの社会資源を探します。つまり、どこを暮らしの拠点とするかによって、利用できる社会資源が大きく変わってくるのです。
これを私は、よく「ケーキの土台であるスポンジ」に例えます。各種の福祉サービスや就労支援が「イチゴや生クリーム」であるならば、住宅とはそれらをしっかりと載せるための土台そのものです。土台となるスポンジが存在しなければ、どんなに素晴らしいデコレーションを用意しても、ケーキとして成り立ちません。
かつては、住まいにおける選択肢が、特別養護老人ホームや障害者施設などに入所するか、自力で民間アパートを借りるかに限られていました。その間に位置する、少しのサポートや見守りがあれば地域で普通に暮らせる人々を受け止める住宅の仕組みが欠落していたのです。
私が居住支援という概念に出会った、とても印象深いエピソードがあります。
10年ほど前の話になるのですが、当時、精神障がいのある方は、治療の必要がなくなっても病院の外に暮らせる家がないために入院しつづける「社会的入院」が当たり前となっていました。そうした中で、精神科から退院した方たちが地域に溶け込んで暮らしている事例があるから見に行かないかと誘われ、島根県出雲市へ訪問しました。
そこでは、10室程度のアパートを1棟借り切って、1室を談話室にし、残り9室を精神障がいのある方々が生活するための部屋としていました。もともと病院のスタッフだった方々が「受け皿を作ろう」と病院を辞め、福祉法人を立ち上げて、パン屋や喫茶店を運営しながら、住民たちの働く場と見守り体制を整えたのです。スタッフが見守りを行い、調子が悪そうであれば早めの通院を促し、症状が重くなれば一時的な入院を手配する。家賃も法人がまとめて大家さんに支払うことで地域生活が見事に回っていたのです。
特に衝撃的だったのは大家さんの意識の変化でした。当初は精神障がいの方への貸し出しに強い不安を抱いていた大家さんが、「必要でしたら、もう1棟アパートを建てましょうか」と申し出たというのです。適切な伴走支援があれば大家さんは安心して部屋を貸せる。福祉と住宅政策の接点でのサポートの重要性を実感しました。その後、ペット葬祭などの事業も立ち上げられたのですが、精神障がいの方の性格に適しているためか、大変好評を得ているようです。
近年、空き家の増加が社会問題化するなか、このようなサポート体制が充実することで、「それでも貸せない」住まいを少しでも減らせるのではないかと感じています。
見えづらくなる困窮と孤立
多様な支援現場に接する中で痛感しているのが、居住困窮の姿が時代とともに変化し、ますます「見えづらく」なっている現実です。街頭のホームレス数は減少傾向にありますが、問題が解決したわけではありません。特に住まいを失った若い世代が路上ではなく、ネットカフェや友人宅を転々とすることで困窮の実態が見えづらくなっているのです。
では、どのような方々が住まいの壁にぶつかるのでしょうか。
まず、単身の高齢者です。一定の収入があっても、孤独死のリスクや認知症への不安などから、貸主に入居を拒否されるケースが後を絶ちません。
また、DV被害者やシングルマザーなどは、配偶者から距離を取るために遠方へ避難する必要がある一方、仕事を見つけやすい都市部では家賃が高騰しており、住まいを確保することが難しくなっています。
そして、「児童養護施設等を退所した若者たち」も住まいの壁にぶつかることが多いのです。18歳で施設を出て自立を求められる彼らの大学などの進学率は約4割にとどまり、全国平均の半分以下となっています。高卒では就ける職業も限られるなか、自衛隊やパチンコ店など寮付きの仕事が選ばれる傾向にあります。しかしこうした職業は、失職と同時に住まいも失うリスクがあります。施設が身元保証人になれる期間は決まっているため、民間賃貸住宅の契約は簡単ではありません。加えて、入居のために敷金も用意しなければならないため、ネットカフェを転々とし、最終的に路上に出てしまう子たちもいます。ここでも、最後は住宅の問題に直面するのかと感じました。
さらに深刻なのが、孤立した若者と悪質な犯罪(闇バイト・特殊詐欺)の結びつきです。孤立した若者を支援するNPO法人サンカクシャ(東京都豊島区、荒井佑介代表)が、支援につながった若者を対象に行ったアンケートでは、虐待経験や住居を失った経験を持つ若者が多かったといいます。そして、闇バイトや悪質な犯罪に誘われたことがある、やったことがあるという若者も多いのです。
モザイク構造の行政支援
こうした居住確保の課題に対応するため、国も25年10月に全面施行した改正住宅セーフティネット法などを通じて支援の強化を進めています。このことはとても喜ばしいことだと思います。
特に、制度の施行後10年間で、「全国に居住サポート住宅を10万戸供給する」、「居住支援協議会を設立する市区町村の人口カバー率を9割に引き上げる」という2つの目標を掲げていただいたことで、制度としては存在していても、実際の現場は動きにくかった部分のテコ入れにつながるのではないかと期待しています。これまで「入居を拒否しない住宅」の供給に終始していたものが、最初からサポートのついた住宅の普及を目指す内容になっており、そうした住宅の供給を行うため、「協議会」という関係者がテーブルを囲んで議論し合える場所を作ることで実効性を持たせる。これまでの制度から一歩踏み込んだものになっていると感じました。
ただ一方で、依然として課題も残っています。行政の仕組みは、よく「縦割り」といわれます。しかし、国が行っている住宅確保要配慮者への支援施策を整理した表を見ると、支援対象者(高齢者、低所得者、子育て世帯、DV被害者、児童養護施設退所者など)と、ハード面の供給、入居支援、生活支援などの施策が、縦割りどころかモザイク状になっています。住まいに問題を抱えた人が、どこに相談すればいいのかが全く分からない構図になっているのです。
そのため、入居が困難な人をどこにつなげればよいのかを検討するためにも、居住支援協議会が必要になります。しかし、残念ながら、現時点で協議会を設置している自治体は3桁にとどまっています。
資本主義の「内」と「外」を合わせた仕組みが必要
もう一つの課題が、支援を事業としてどう持続させるかという点です。ビジネスモデルが確立しておらず、事業者が支援の方法を模索しているのが現状です。
厚労省の福祉は基本的に「資本主義の外側」、つまり税金や公的助成をベースとした仕組みであるため、全額を公費で負担することを目指しがちです。一方で、支援を持続的に、そして広く展開していくためには、「資本主義の内側」、つまり市場経済の中でビジネスとして資金を循環させることも考えなくてはなりません。お金を払える人と払えない人の狭間で、どのように実現可能なモデルをつくるかが、知恵の出しどころです。
その一つの方法として、「市場でお金を払える層」と「公的支援が必要な層」を組み合わせた、ハイブリッドな仕組みが考えられます。
ある大企業では、福利厚生の一環として、地方に住む社員の両親を見守るサービスを導入し、低価格で提供しています。これは非常に興味深い取り組みだと思います。高齢化が進むなか、地方に住む両親の住まいや見守りに悩む現役世代は少なくありません。低価格で見守ってもらえるならば、利用したい方は多いのではないでしょうか。見守りサービスは、地域内でサービスを提供する対象が多いほど、採算を取りやすくなります。要配慮者だけでなく、対象をもう少し広げて高齢者全体を見守るサービスにすることで、事業として成り立たせながら、要配慮者への支援にもつなげられるのではないかと思います。
また、あるリハビリ病院の例では、芸能人も入院するような豪華な個室を用意し、備品やオプションサービスで収益を確保。その資金を病院全体の運営に充てることで、保険で支払える範囲のサービスを受ける患者にも、質の高いサービスを提供できるというのです。
住宅の問題も、同じような考え方ができないでしょうか。
全てを税金で賄おうとすると、どうしても「この人は他の人より本当に困っているのか」といった線引きが必要になります。しかし、そうした仕組みでは支援の対象を広げにくいうえ、「困っている人」という社会的なラベリングにつながってしまうこともあります。そのため、介護保険のように誰もが利用する仕組みとして、一定の負担をしてもらう。そのうえで、経済的に余裕のある人には、より付加価値の高いサービスを提供して相応の費用を負担してもらい、そこから得た収益を全体のサービスに回せるようになればいいなと思います。
若者も高齢の方もそうなのですが、〝福祉〟〝連続支援〟という言葉が出ると、「まだ大丈夫」「自分には必要ない」と距離を置いてしまう方が多いのです。だからこそ、民間企業・団体がビジネスとしてサポート付き住宅などを供給できる仕組みを構築し、必要な場合には公的な支援を活用していくという状況を実現することが理想ではないでしょうか。
パートナーシップが社会を強くする
居住支援の考え方でハッとさせられた出来事があります。
かつて私は、SDGsの「誰一人取り残さない(Leave No One Behind)」というスローガンがきれいごとのように感じていました。しかし日本にいる英語の先生にその話をしたとき「鎖は両端から引っ張られたとき、一番弱い環から切れる。社会の強さを決めるのは一番弱い部分なのだ」と教えられました。最も弱い部分を放置すれば、社会全体の構造が脆くなり崩壊してしまう。「誰一人取り残さない」は、きれいごとではなく、社会全体の強固さと持続可能性を保つために不可欠な戦略なのです。
そして、SDGsの16の目標が「何を達成すべきか」を示しているのに対し、唯一「いかにして達成するか」と方法を定めているのが第17目標の「パートナーシップ」です。
支援の分野でも、自組織の枠組みだけで解決できない課題を、見なかったことにしたり、埋め戻したりしてしまうことが起こります。そうではなく、自分たちの持っている手段で解決できない場合は、組織の外につなぐということをしっかりやらなければならないのです。福祉事業を行っている方たちが住宅部局や不動産事業者と連携できれば新しい可能性が生まれるのではないかと思います。
異分野とのパートナーシップで、爆発力を生んだ好例が「農福連携」です。人手不足に悩む農業の現場と、働く場を求める障がいのある方々が結びついた結果、丁寧な作業で高付加価値な作物を育成でき、耕作地も拡大しました。また、障がい者が働ける現場は、女性や高齢者の方も参入しやすくなり、さらには6次産業化にもつながっています。
居住支援も同様です。福祉関係者、国土交通省や自治体の住宅部局、不動産業者、建設会社、空き家オーナー、生協、農協、郵便局などが連携することで、地域全体が強くなります。
「居住支援協議会」についても、議論する場だけでなく、相談窓口や情報提供の場となり、必要な人を必要な場所に斡旋できる存在になればいいなと思います。
福祉に携わっていると、住宅は「暮らす」ということを可能にする基盤だと強く実感します。改正住宅セーフティネット法の施行で建物を所有する方が資産を収益化しながら、要配慮者へ住宅を提供するためのサポート体制も整いつつあります。住宅事業者の方にも、こうした取り組みに興味を持って、何かできることはないかと考えていただけるとありがたいです。
2014年のG20雇用労働大臣会合で、私は初めて「包摂的成長(インクルーシブ・グロース)」という言葉を聞き、感銘を受けました。リーマンショック後、各国が経済の立て直しに取り組むなか、女性や障がい者、失業によって困窮した若者などが働ける環境を整備し、社会の支え手として包摂した国ほど、長期的・持続的な経済成長を実現できたというレポートが発表されたのです。
お金を払える人たちだけのマーケットにするのではなく、お金を払える人たちにサービスを提供しながら、同時にサポートが必要な人たちもしっかりと支える。そうすることで、いずれはその人たちもお金を払える層としてマーケットに参加できるようになり、結果として、より大きく、強い市場をつくることにつながるのだと思います。このことは、これからの住宅マーケットにも通じるものがあるのではないでしょうか。
(聞き手:中山紀文、町田結香)

