五十田 博 氏

京都大学 生存圏研究所 教授

従来の耐震対策は、建築基準法などの規制を順次強化し、専門の業者が工事を行うというアプローチが一般的でした。しかし、既存の住宅ストックが膨大に存在する現状においては、そうした従来の手法だけでは対応が追いつかない場面が増えています。これからは、AIやビッグデータといったデジタル技術の活用をはじめ、住民自身が補強に関与するDIY型のアプローチ、そして特許に縛られないオープンな普及型技術の開発など、多角的な視点から構造改革を進めていく必要があります。

木造住宅の耐震性能評価とカテゴリー分け

木造住宅の耐震性能は、建築された年代や性能評価制度の適用の有無によって、大きく3つ、細かく分けると4つのカテゴリーに整理することができます。

まず1つ目が「1981年以前に建てられた旧耐震基準の建物」です。これは住宅ストック全体の約21%を占めており、地方によっては約5割に達する地域もあります。大地震が発生した場合に倒壊する危険性が極めて高く、人命にかかわる重大な被害をもたらすことがすでに客観的な調査で明らかになっています。このカテゴリーについては、理屈抜きで至急に耐震補強や建て替えを進めることが最優先の課題です。

2つ目が「1981年から2000年までに建てられた新耐震基準の建物」で、全体の約37%を占めます。新耐震基準を満たしてはいるものの、2016年に起きた熊本地震などの詳細な被害分析を見ると、大地震の際に約3割から5割の建物で倒壊や大破のリスクが潜在していることが分かっています。建築から20年から40年が経過し、ちょうど改修やリフォームの時期を迎えていますので、省エネ改修とあわせた耐震補強を一体的に進めていくことが求められます。

3つ目が「2000年以降に建てられた現行基準の建物」で、全体の約42%となります。接合部金物の配置などが明確化されたため、適切なメンテナンスが行われていれば、大地震に対しても高い安全性を備えています。

さらに細かく分けると4つ目として「品確法に基づく住宅性能表示制度を利用した建物」が挙げられます。耐震等級2や3を取得している住宅は、熊本地震の実態調査でも被害がほとんど報告されておらず、非常に高い耐震性能が実証されています。これからの住宅設計において標準とすべき仕様であると言えます。

2050年の「あるべき姿」から逆算するロードマップ

地球環境問題や人口動態などの急激な社会経済情勢の変化を受け、社会的要請が高度化・複雑化しています。これらに対し、個別課題への対応にとどまらず、2050年を見据えた建築分野全体の将来像を関係者間で共有し、今後の投資、人材確保、技術開発の明確な方向性を示すために国土交通省は2026年2月、「建築分野の中長期的なあり方に関する検討会」を立ち上げ、個別分野(ストック、担い手、技術・質、DX、市街地)の5つの作業部会(WG)で議論をスタートしました。このWGでは、2050年を見据えた建築や住宅ストックのあり方を検討していますが、従来のように現状の課題を一つずつ積み上げていく方式ではなく、バックキャスティングの考え方を採用しています。2050年に実現すべき「あるべき姿」や理想論をしっかりと描き出します。その上で、理想を実現するために2030年や2040年までに克服すべき具体的な課題や必要な施策を列記し、段階的にロードマップを構築していくという方針で進めています。

私が座長を務めるストックWGでは、人口減少や建築専門職の深刻な不足を背景に、新築中心から既存ストックの活用が重視されるストック社会への転換を見据え、誰もが建築物を適切に「使いこなす」ことができる仕組みの構築に向けどのようなアプローチが有効か。建築物のライフサイクル(つくる、つかう、改修する、継承する、使い終わる)の各段階に焦点を当て、必要な安全性の確保や日常管理における役割分担、建築データの連携や適切な価値評価手法などの検討を進めています。

二項対立から「時間軸を持った段階的改修」への転換

ストック活用を推進する上で耐震性能の確保が最大の課題となります。危険な建物をそのまま使い続けることは問題であり、時間軸を設けて段階的に改修を進めることを認める制度設計への転換が必要です。現状では「大丈夫か不適格か」という二項対立的な判断しかなく、時間軸を持った改修促進の仕組みが欠けています。また、古い建物を取得した住民に対して耐震リスクをしっかり周知することも重要になります。

長期的には旧耐震建物が10%以下に減少し、2000年以降に建てられた建物が木造の6割程度を占める見通しです。こうしたことも考慮しながら制度を設計し直していく必要があります。

住み手自身が関わる住民参加型のDIY型耐震補強

旧耐震や新耐震初期の建物の耐震補強を進める上で、従来のやり方ではコスト面などのハードルが高いという課題があります。これまでの耐震補強は、専門の業者が診断から工事までをすべて担い、数十万から数百万単位の費用がかかるというハードルの高さがありました。そこで私が提案するアプローチの一つが、専門職の指導のもとで住み手自身が施工に携わる「住民参加型・DIY型耐震補強」です。

補強計画や構造的に重要な部分の指定、施工指導は建築士などの専門家がしっかりと行い、実際の補強作業、例えば壁に合板をビス留めするような工事を住民や家族、ボランティアが担当します。木造住宅だからこそ可能な手法であり、施工コストを抑えて耐震補強のハードルを下げると同時に、住民自身の防災意識を高める効果も期待できます。

すべての居住者ができるわけではないですが、あの手この手で耐震補強を進める必要があり、いくつかある方法のうちの一つと考えています。

AIとビッグデータで加速する耐震診断の効率化

一方、街全体の耐震診断やAIを活用した取り組みも進めています。例えば、京都市のような密集市街地では、一棟ずつ時間をかけて診断していては全体の防災対策が間に合いません。そこで、建物の外観写真や屋根材の種類、階数、仕上げ材、壁の配置情報などをビッグデータとして収集・分析する研究を進めています。外観などの簡易な情報から、AIを活用して耐震性能やリスクを高精度に推測し、診断の効率化や自動化を目指しています。将来的に、AIによって優先的に補強すべき壁などをピンポイントで特定することができれば、そのデータをもとに素早く改修工事へつなげることが可能になるかもしれません。

中大規模木造建築の技術動向と構造のあり方

中大規模木造の分野では、ゼネコン各社などが競って素晴らしい技術を開発してきましたが、それらの多くはコストが高く、特許によって他社が自由に使えない「がんじがらめ」の状況を生んでいました。これでは一般的な普及にはつながりません。

そのため現在は、国の補助金などを活用しながら、特定の企業に偏らないオープンで安価な「普及型技術」を開発・標準化しようという大きなシフトチェンジが起きています。地域工務店や中小の設計事務所でも扱える汎用的な金物や構法を確立することが、市場全体の裾野を広げる上で不可欠です。

木造による高層化についても話題になりますが、純粋な木造技術だけで建築する場合、無理をして技術的限界に挑めば10階建ても可能ですが、一般的なコストや施工性を考慮した普及層としては「5階から6階建て」が現実的なラインとなります。

それ以上の高層建築や大規模建築においては、すべてを木造にするのではなく、例えば、下層階を鉄筋コンクリート造や鉄骨造とし、上層階や内装に木材を活用する「混合構造(混構造)」を採用することが合理的です。また、住宅であれば音の問題、耐火の問題などもあり、床や壁などにコンクリート材料を使うのが合理性があります。すべてを木造にするのではなく、使えるところに木を使うという考え方を推奨します。防災性や耐火性、そして経済的コストの観点からも、無理のない混構造を活用することが、今後の木造利用を健全に拡大していく鍵になると考えています。

住宅業界への提言

住宅業界に対する提言をまとめると、第一に、既存住宅ストックにおける旧耐震建物の早期補強と、新耐震初期の建物に対する省エネ・耐震の同時改修を全力で推進することです。第二に、AIやビッグデータによる診断の自動化と、住民参加型のDIY補強を組み合わせて耐震化のハードルを大幅に下げることです。そして第三に、中大規模木造においては過度な純木造高層化に固執せず、普及型技術の開発と合理的混構造の採用によって実用的な木造化を広げていくことです。これらの取り組みを通じて、安全で持続可能な住まい環境を築いていくことが重要となります。

(聞き手:沖永篤郎)