「古いもの」に正しく向き合う技術を
データ・人材・資源の壁を越えるストック循環の未来
建物を長持ちさせるだけでなく、良質な社会資本として次世代に引き継ぐためにはどのような改修技術が必要になるのか。
また、資源循環の技術は現在どこまで進んでいるのか。東京大学大学院新領域創成科学研究科の清家剛教授に聞いた。

建築業界において「ストックの活用が大事である」と言われ始めてから、すでに40年以上の歳月が流れています。しかし、長らく新築至上主義が続き、改修が「普通の選択肢」として定着してきたのは、ここ10年ほどのことに過ぎません。この変化の背景には、建築家による「建築作品としての改修」の提示や、不動産事業と結びついた「リノベーション」という手法の普及がありました。それにより、改修が面白く、かつビジネスとしても成立するものとして認知され、建築業界へと普及したのです。
しかし、壊して、新しいものを付けるという「改修工事そのもののプロセス」においては、過去数十年で技術的な進化はほとんど起きていません。次世代に既存建築を良質な社会資本として残していくために本当に必要とされるのは、工事そのものの技術ではなく、「古いもの」に正しく向き合うための技術なのです。
ベテランの経験値からデータ活用へ
既存建築に向き合う上で最も重要なのは、「躯体の実力がどれくらいあるのか」「配管や設備の状況がどうなっているのか」を正確に把握することです。これらが事前にしっかりと把握できれば、無駄なコストを省き、適切な価格で面白く質の高い改修が可能になります。
しかし、これまでこの「状態把握」のプロセスは、現場のベテラン職人や技術者の「経験値」に完全に依存してきました。設計段階での状況把握や、壁や床を解体した際に「図面通りではない」という事態に直面したときの応用力はベテランの勘が支えていたのです。今後、ベテラン層が引退し、深刻な人材不足が進む中、これまでの経験値に頼る手法は限界を迎えます。ベテランのノウハウを代替し、経験の浅い若手でも現場に臨めるようにするための「サポート技術」が不可欠です。
ここで期待されるのがAIやデジタル技術の活用ですが、建築分野における技術導入には大きなハードルが存在します。
例えば、飲食の分野では、料理の写真をスマートフォンで撮影するだけで、メニュー名を特定し、カロリーまでほぼ正確に算出するようなAI技術が実用化されています。これが可能なのは、インターネット上に膨大な「オープンデータ」が存在し、AIがいくらでも学習できる環境があるからです。
一方で、建築の改修現場におけるデータは、極めてクローズドな状態にあります。まず、個人の住宅や企業の所有物であるため、室内の状況や図面、不具合の写真をオープンにすることができない。また、建物の雨漏りや欠陥といったマイナス情報は、所有者も施工者も隠したがるため、データとして集積されにくい。
このように、建築業界にはAIに投げ込むための適切なデータセットが圧倒的に不足しています。今後は、業界全体が危機感を持って、クローズドな環境であってもデータを収集・学習させる仕組みを構築しなければなりません。これには、少なくとも10年単位の継続的な取り組みが必要になるでしょう。
「素人の巻き込み」と「担い手」への相応の対価
新築が減り、ストック循環の時代に入ったといっても人材不足は深刻です。人材不足に対応するためには、改修の難易度やレベルに応じて、「素人の巻き込み」と「専門家の高度化」という二つのアプローチを明確に分ける戦略が必要です。
軽微な修繕や維持管理に近いレベルの改修については、専門家に頼るだけでなく、DIYの延長で素人が自ら行える環境を社会的に普及させる必要があります。
実際に、地方の団地などでは、高齢化が進む居住者がコミュニティ内で自らバリアフリー化や簡易なリフォームを行えるよう、NPOなどが支援する試みが始まっています。高齢化や公的補助の難しさから工事投資が起きにくい分譲マンションや団地において、こうした「素人でも安価にできる工法」の普及は極めて有効です。
現在、これらの技術の「芽」は多く存在しますが、社会的な認知度の低さや、施工トラブルに対する制度的なリスクが障壁となり、広く普及していません。今後、専門業者への依頼コストが高騰し、「お金を出しても簡単な工事には来てくれない」という時代が到来したとき、地域のDIYが得意な人材に安価に頼めるような、社会的・制度的な仕組みを整えておくことが求められます。
一方で、難易度の高い改修には当然ながら専門知識を持ったプロフェッショナルが必要です。しかし、新築と比較して改修工事は「予算が安く抑えられがちである」という構造的な問題があります。安価なコストのままでは、ただでさえ減少している若い職人や技術者が改修の分野に流入してきません。プロの職人が改修現場で十分に利益を上げ、生計を立てていけるようにするためには、彼らの技術に対する「対価」のあり方を見直す必要があります。
建設リサイクル法を超えた資材の行方
既存建築を良質な資本として維持する一方で、どうしても解体せざるを得ない建物に対する「資源循環」の視点も、地球環境および経済安全保障の観点から欠かせません。
建物の総重量の約8割から9割は、「鉄」「コンクリート」「木材」という主要な構造材料が占めています。鉄は、市場での価値が高く、自律的なリサイクルルートが完全に確立しています。コンクリートと木材については、2002年に施行された「建設リサイクル法」により、分別解体とリサイクルが厳しく義務付けられています。
今後の課題は、当時は現場の負担を考慮して義務化対象外となった資材の循環です。現在のカーボンニュートラルの潮流において、これらのリサイクル・リユースをいかに進めるかが次のテーマとなります。
例えば、建設リサイクル法の外側にある資材の中で、特に分量の多いもの一つである「樹脂サッシ」のリサイクルは、ここ10年ほどで業界の取り組みが本格化しました。
現在、日本国内で解体期を迎えて廃棄物として出てきている樹脂サッシのほとんどは、30〜40年前に先行して普及が始まった「北海道」エリアに限定されています。そのため、現在は北海道を実証試験およびスキーム構築のフィールドとして、回収と再資源化の技術構築が進められており、まもなく実用化の段階を迎えます。
あと10年、20年もすれば、本州以南でも、大量の解体・更新期を迎えます。北海道での現在の取り組みは、その「大排出時代」に向けた極めて重要な布石となっています。
プラットフォームとしての建築コンソーシアム
資材の循環を進める上で、これまで最大のボトルネックとなっていたのは、「建材メーカーは、解体現場の廃棄物に直接触れる権限もルートも持っていない」という構造的な問題でした。
この構造を打破するため、(独)建築研究所の外郭団体「建築研究開発コンソーシアム」のプラットフォームを活用した新たな取り組みが始まろうとしています。まもなく立ち上がる新しい研究会では、大学、清水建設などのスーパーゼネコン、積水ハウスなどの大手ハウスメーカーが幹事となり、そこに多くの建材メーカーを呼び込む形で「サステナブルな建材の回収・循環スキーム」の共同研究がスタートします。従来の「発注・受注」の上下関係を超え、ゼネコンやハウスメーカーが自社の解体現場を実証実験の場として提供することで、建材メーカーが実際の廃棄資材にアクセスできる環境が整います。
学会や厳格な委員会組織とは異なり、建築コンソの枠組みは「研究開発の場」であるため、各企業が過度な成果のプレッシャーを受けず、まずは「お試し」として気軽に参加し、自社にメリットがあるかを見極められます。
コスト主義からの脱却と「資源の安全保障」へ
我々が認識を改めなければならないのは、「資源の国内循環」「リサイクル・リユース」は、決して経済的に安いものではないという事実です。安価な海外資材に依存してきた従来の経済合理性から見れば、国内リサイクルはコスト面で太刀打ちできません。企業が純粋な経済合理性だけで動く限り、真の資源循環は不可能です。
しかし、近年のウクライナ情勢や中東危機、円安の進行、そしてウッドショックやアイアンショックなどの世界的な資材高騰は、我々にこれまでのコスト至上主義の危うさを突きつけました。建築資材の国内循環を推進することは、「資源の安全保障」の観点から重要です。株主や市場も、企業を評価する指標として、単なる目先の利益だけではなく、「地政学的リスクに対してどれだけレジリエンスを持っているか」という視点をより重視していく必要があります。
(聞き手:沖永篤郎)

