2001年にスタートした積水ハウスの「5本の樹」計画。住宅の庭に在来樹種を植えるというこの独自の取り組みは、2026年3月に25周年を迎え、都市の生物多様性保全だけでなく、人々のウェルビーイング向上にも貢献することが分かってきた。

25周年を機に、新たにロゴを制作。鳥や人をあしらい、木を植えるという行為が本来もつ“幸せを広げる力”を表現した
「庭は建物が完成してから考えましょう」。かつて住宅業界でよく耳にした言葉である。庭や外構に予算を使うなら、建物に使って欲しい―。そういった思惑により、「家」と「庭」は近くて遠い存在になっていく。積水ハウスは、これに一石を投じる。建物と外構の一体提案を業界に先駆けて本格化させ、「庭」が住環境を構成する重要な要素であることを発信し続けたのだ。さらに、庭づくりを次のステップへと向かわせるために、2001年、「5本の樹」計画を始動させることになる。
「元々のきっかけは、1999年に当社が出した『環境未来計画』でした。これまでCSRとして行っていた環境への取り組みを、経営や事業の基軸に据えようという方針が打ち出されたのです」。ESG経営推進本部 環境推進部環境マネジメント室の八木隆史氏は、当時の背景をそう振り返る。
建物と外構の一体提案を自社で行っていた同社の中で、「お客様の庭をより魅力的にし、なおかつ環境に貢献できないか」という発想が生まれた。その発想は「3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」というコンセプトへと結実し、「5本の樹」計画をスタートさせることになる。

ビッグデータが証明する生物多様性への確かな効果
それから25年、「5本の樹」計画の継続的な取り組みは、都市の生物多様性にどのような変化をもたらしたのか。その成果は、ビッグデータを用いた定量評価によって明らかになっている。
同社は、琉球大学や㈱シンク・ネイチャーの協力を得て、2001年から蓄積してきた樹種や本数、位置情報のデータを分析。その結果、「5本の樹」計画を実施しなかった場合(2001年当時流通していた在来樹種しか選ばれなかった場合)と比べ、樹種数が約10倍、鳥の種類が約2倍、蝶の種類が約5倍になり得る環境(緑地)を提供してきたことが確認できた。累積植栽本数2143万本という数字は、東京都の街路樹の20倍以上に相当し、住宅の庭という小さな「点」が繋がり、都市の生態系ネットワークを形成している証左である。
この知見を社会全体で共有するため、同社は樹種選定のノウハウをまとめた「庭木セレクトブック」をまとめ、Webサイトなどを通じて広く公開している。また、25年間の成果をまとめたホワイトペーパーを一般公開している。
さらには科学的根拠に基づいた庭木提案ツール「『5本の樹』コンパス」も共同開発した。これは、住宅を建築する場所の住所を入力すると、鳥や蝶を呼び込むための樹種を提案するもの。提案された樹種から採用するものを選択していくと、どういった種類の鳥や蝶をどの程度呼び込めるかといった予測が表示され、生物多様性効果をスコアリングすることも可能だ。

ウェルビーイングの向上と持続可能な事業モデルの両立
「5本の樹」計画がもたらす価値は、生物多様性の保全にとどまらない。東京大学との共同研究による顧客アンケートの分析では、庭で身近な生き物と「ふれあう」機会が多いほど、居住者のウェルビーイング(健康・幸福)が向上し、うつ症状の発症リスクが低下し、高い幸福感や日々の充実感を持つことがわかった。
また、環境意識の向上にも繋がり、「お客様の意識が変われば行動も変わり、最終的には環境保全に取り組む企業が選ばれることにも繋がる」(八木氏)という好循環を生み出している。
この取り組みが25年も継続している最大の要因が、単なるCSR活動ではなく、事業活動として利益の創出につながっている点だろう。「お客様にご理解いただき、お客様の費用で庭を作っていただく代わりに、我々が全力で支援するという形でスタートしたからこそ、ここまで長く継続できているのではないでしょうか」(八木氏)。
現在、同社は他企業とも共同で分析を行っている。「各社で選ぶ樹種に少しずつ個性の違いが出るため、他社がそれぞれの特色で在来種の取り組みを行うことで、生物多様性ネットワークがより多様になり、相乗効果が生まれることが分かっています」(八木氏)。
自社のノウハウをオープンにし、業界全体、さらには社会全体へと「ネイチャーポジティブ」の輪を広げていこうとする同社の姿勢は、持続可能な社会における企業の在り方を示す一つのモデルと言えるだろう。
「自宅の庭が子供たちにとって身近な自然とふれあえる場所になればと考えています」(八木氏)。
かつて日本人は、身近な里山を通じて生活と自然環境を結び付けてきた。「5本の樹」計画は、まさに現代的な里山を都市にもたらそうとしており、生物多様性と都市居住者の「幸せな関係」を創出しようとしている。

